11月9日、三陸沖でマグニチュード6.9の地震が発生し、岩手県と宮城県で震度4を記録しました。この地震で岩手県では津波注意報が発表され、最大20センチの津波が観測されています。このとき最も早く津波をとらえたのは岩手県沖約70キロ地点の観測点で、地震により津波が発生していることを沿岸到達前に検知しました。この観測点を含め、北海道から房総半島にかけての海を常時監視しているのが「日本海溝海底地震津波観測網」、通称S-netです。
S-netは、東日本太平洋沖と日本海溝の外側に整備された地震・津波の観測網です。海底には地震計と津波計を備えた観測装置が150箇所以上設置され、約5,500kmのケーブルでつながっています。観測装置は24時間海を見張り、地震動や水圧の変化をリアルタイムで陸上局へ伝送しています。海底の状況をすぐに把握でき、観測点が網の目のように張り巡らされているため、面的な監視を通じて震源の位置や津波の広がりをより正確に読み取ります。
S-netの整備が進んだ背景には、2011年の東日本大震災の反省があります。当時は海域の観測点が少なく、陸域の地震観測網で得た地震データをもとに津波の大きさを推定していました。そのため、推定が正しいかどうかは、津波が沿岸に到達するまで確かめることができませんでした。津波警報の精度に限界があることが震災で明らかになり、沖合で地震動と津波を直接とらえる必要性が強く意識されました。震災後も東北地方の太平洋沖では大きな海溝型地震が発生すると考えられていることから、防災科学技術研究所(NIED)が海域に観測網を整備し、2016年にS-netの運用が始まりました。
導入後、地震・津波情報の精度と迅速さは大きく向上しました。地震動の検知は最大で30秒早くなり、津波は水圧計が沖合で直接捉えるため、沿岸到達の最大20分前に実測値を把握できます。観測データは気象庁など関係機関にすぐ共有され、緊急地震速報の発表に余裕が生まれました。津波警報の精度が上がったことで、避難開始の判断を早められるようになりました。走行中の列車を自動で止める仕組みにも使われ、災害時のリスクを減らす役割を果たしています。
地震大国の日本では、大きな地震がいつ起きてもおかしくありません。非常用持ち出し袋を準備し、避難経路を確認するなど、普段から備える姿勢が欠かせません。また海沿いで揺れを感じた際は、津波情報を待たずに高台へ向かう判断も重要です。そのうえで、S-netのように正確な情報を早く伝える仕組みが発展することは、命を守る行動を一歩早く始められることにつながるでしょう。地震そのものを避けることはできませんが、科学技術の進歩が災害を減らす力になると私は考えます。
参考記事:
日経電子版「東日本付近に帯状の地震頻発エリア特定、地下水が影響か 東北大学など」,2025年8月23日
読売新聞オンライン「南海トラフ対策の海底観測網、唯一未完成の四国・九州沖も設置完了…総延長は全国8000kmに」,2025年8月27日
参考資料:
国立研究開発法人防災科学技術研究所「日本海溝海底地震津波観測網:S-net」
地震調査研究推進本部「日本海溝海底地震津波観測網について」
朝日新聞デジタル「海底ケーブルで津波をより早く検知 進む最新研究」,2022年3月10日
Impress Watch「JR東、海底地震計情報を在来線でも導入 20秒短縮」,2025年9月9日
日本テレビ「【現場取材】地震を24時間監視“緊迫の瞬間”命を守る最前線では『ベタバリ』」『真相報道バンキシャ!』,2022年4月3日放送.[テレビ番組]
