約400年前の姿を蘇らせる エル・グレコの名画から知る絵画修復

10月21日から岡山県倉敷市の大原美術館では、修復を終えたエル・グレコの名画「受胎告知」の再展示が始まりました。同館を代表する当作品の修復は66年ぶりです。正式な再公開は来年の4月以降とされ、現在はプレイベントとして披露されています。筆者も新装なった名作を観ようと足を運びました。

 

(大原美術館、11月16日筆者撮影)

 

大原美術館の礎となる作品の多くは、倉敷に拠点を置き活躍していた事業家大原孫三郎の経済的支援を受けながら洋画家児島虎次郎によって収集されました。宗教画で知られるギリシャ出身の画家エル・グレコの名画「受胎告知」も児島によって購入されました。1922年にパリの画廊で購入されたこの作品は、児島が収集したなかでも最高額だそうです。1923年に日本で公開されて以降、戦前から唯一存在したエル・グレコの油彩画として大原美術館の顔になりました。

 

エル・グレコは、16世紀半ばから17世紀初頭にかけてイタリアやスペインで活躍した巨匠です。1576年頃にスペインに渡ってからは、次第に独自の画風を形成し、多くの宗教画を残しました。19世紀末になると、パブロ・ピカソをはじめ当時の画家によって高く評価されるようになります。

 

「受胎告知」は、聖母マリアが神の子イエスを受胎したことを告げられる、新約聖書における重要な場面です。キリスト教美術のなかで数多く描かれてきた場面を、エル・グレコは「深い闇が渦巻く中、閃光と共に舞い降りる聖霊の鳩、そして緊張感あふれる面持ちで相対する天使と聖母という劇的な情景として表した」と言われています。

 

(エル・グレコ「受胎告知」のタペストリー、11月16日筆者撮影)

 

100年にわたって大原美術館に所蔵されてきたエル・グレコの「受胎告知」ですが、修復は1959年のクリーニング以来66年ぶりです。しかし、当時どのような修復が施されたのか記録はなく、本格的な修復作業は初めてとも言われています。スペインのプラド美術館から専門の絵画修復士が招かれ、日本の研究員や学芸員とともに、約1ヶ月かけて作業が行われました。66年分の汚れを落とすだけでなく、エル・グレコが当時描いた様式とは異なる形で加筆されていた部分が取り除かれました。約400年前に描かれた本来の色やタッチを取り戻すことが目指されたからです。

 

大原美術館では修復前のパネルが設置されており、現状と比較することができます。修復後の作品を鑑賞すると、鮮やかさや透明感の違いに驚かされました。また、時代を超えて作品を後世に残すために、絵画修復の仕事が担う役割の大きさについて考えされます。美術作品をはじめとした文化財を経年劣化から守り、制作当時と近い姿を鑑賞できることは決して当たり前ではないと気づかされました。絵画修復は、どのような修復が求められているか時代の感覚や依頼主の意向を汲み取るだけでなく、作品に使用されている物質や薬品に関する科学的知識も必要です。エル・グレコの「受胎告知」を鑑賞して、奥深い絵画修復士の仕事についても学ぶことができました。

 

大原美術館でのプレ展示は12月21日まで、4月以降に改めて展示されます。また、12月22日から来年2月8日までは大阪市の中之島香雪美術館に貸し出されます。エル・グレコが描いた約400年前の輝きと、絵画修復の賜物を堪能してみてはどうでしょう。

 

 

参考記事:

 

2025年07月07日付 朝日新聞朝刊(地方)「大原美術館のエル・グレコ、修復へ 「受胎告知」66年ぶり、9月以降に再展示/岡山県」

 

2025年08月06日付 朝日新聞朝刊(地方)「エル・グレコ、取り戻す透明感 修復作業の説明会 倉敷 /岡山県」

 

2025年10月08日付 朝日新聞朝刊(地方)「エル・グレコ、修復終え再公開へ 21日から、本公開は来年 /岡山県」

 

2025年10月30日付 読売新聞朝刊「グレコ名画 修復完了 大原美術館 「描かれた当時 近い状態」=岡山」

 

 

参考資料:

 

大原美術館「エル・グレコ〈〈受胎告知〉〉修復後初公開―プレ再展示―」

大原美術館「美術館の歴史」

京都大学男女共同参画推進センター「田口 かおり 人間・環境学研究科 准教授」

東京国立近代美術館「保存修復の取り組み」