筆者が子どもの頃、最も身近に干支を感じていたのは、年賀状に描かれたイラストでした。幼稚園や小学校の友人、親戚に向けて、一枚一枚手書きでメッセージを書く作業は、正直なところ少し億劫でもありました。しかし今は違います。日付が変わると同時に、メッセージアプリで「あけおめ」と送信し、リアルタイムで年頭の挨拶を交わして終わりです。なんと便利な時代になったのでしょうか。
年賀状を書く時間を掃除や料理に充てることができるため、部屋はより整い、年越しの食卓も多少なりとも豪華になります。そうした変化の中で、筆者もいつの間にか年賀状を出さなくなっていました。近年、全国的に年賀状の配達枚数が減少し続けているのも、こうした生活様式の変化を反映した結果だといえます。
2026年元日に配達される年賀状は約3億6300万枚とされ、前年からおよそ26%減少しました。これは平成20年以降で最少となり、ピークであった1993年の27億5500万枚と比べると、約8分の1にまで落ち込んでいます(日本郵政)。年賀状が減少している理由は言うまでもなくメールやSNSの普及です。さらに作成や投函に手間と費用がかかる点も無視できません。物価高の影響を受け、2024年10月から通常はがきの料金が63円から85円へと値上げされたことも、心理的な負担を高めています。また、個人情報保護の意識が高まり、他人の住所を知る機会が減ったことも要因の一つでしょう。
時代に適応できなかった伝統が淘汰されていくのは、文化の世界においても避けられない現象です。それでもなお、年賀状に宿る特有の温もりが失われていくことには、一抹の寂しさを覚えます。年賀状の良さは、「自分のために手間暇をかけてくれた」という事実そのものにあると、筆者は考えます。この点は、利便性を武器に他の連絡手段を圧倒するメールやSNSでは代替しがたい価値だと言えるのではないでしょうか。
年賀状を出さなくなった筆者ですが、年賀状復権の可能性について考えてみます。目先の対策として挙げられるのが、「お年玉抽選くじ」の賞品強化です。年賀状枚数の減少が続く中、2013年に現金が賞品として導入され、16年用では10万円、20年用では30万円へと引き上げられました。当選確率は低下したものの、宝くじに似た娯楽性を付加することで受け取る側の楽しみを広げ、年賀状のやり取りを促そうとする試みです。
また、「投函代行サービス」も一つの対策として挙げられます。これは、インターネット上で年賀状の作成から印刷、投函までを一括して代行するサービスで、「年賀状は送りたいが、準備が面倒」という層、特にプリンターを所有しない若い世代や多忙な人々の心理的ハードルを下げる狙いがあります。
では、新たな対策としてどのような発想が考えられるでしょうか。例えば「年賀状クーポン」です。届いた年賀状を提携店舗に持参すると、割引やサービスが受けられる仕組みです。年賀状を持ち歩く必要があるという課題は残りますが、実用的な価値を付与する点で、一定の効果は期待できそうです。
もう一つは、近年急速に発展しているAI技術を用いた「AI筆耕」による筆跡のデジタル化です。ユーザーの筆跡をAIが学習し、本人の手書きに極めて近い文字をプリンターで再現するサービスです。手間をかけたという価値は薄れるため、年賀状の増加に直結するかは不透明ですが、手書きの面倒さが障壁となっている人々にとっては、一定の効果が見込まれるでしょう。
ただ、これらの対策はいずれもデジタルでも代替できるため、紙媒体で行う場合は利便性の面で不利にならざるを得ないという大きな課題があります。考えれば考えるほど、現代社会において印刷枚数を増やすことの難しさを強く実感します。
1月1日、東京都新宿区の新宿郵便局では、年賀状配達の出発式が行われました。明治5年の創業当時から現代に至るまでの制服を再現した衣装に身を包んだ社員が、次々と配達に向かう様子は、年賀状の歴史を視覚的に伝える印象的な光景でした。年賀状文化を支えてきた配達員の存在を改めて認識させる、非常に興味深い試みだと感じます。
年賀状を出さなくなった筆者自身も、こうした減少の流れをつくる一因であることは否定できません。それでも、日常から姿を消しつつあるからこそ、年賀状という文化を改めて考える必要があるのではないでしょうか。
参考資料
NHK ONE|全国で年賀状の配達始まる SNSの普及など背景に枚数は減少に(2026年1月1日)
YAHOO! JAPAN NEWS|年賀状の元日配達 全国で3億6300万通(速報値) 前年比26%減少 ピーク時の約8分の1に(2026年1月1日)