自動車運転による死傷事故の罰則は、罪名によって大きな違いがあります。主に「過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為等処罰法 第5条)」もしくは「危険運転致死傷罪(同法 第2条)」が適用されます。前者の刑の上限は「拘禁刑7年」であるのに対し、後者は「拘禁刑20年」と、大きく異なります。なぜ、これほどまで処罰に差があるのでしょうか。
◾︎過失運転と危険運転の違い
危険運転致死傷罪の対象行為は、2020年の法改正で追加されました。現在は、以下の8つが危険運転の対象行為です。
危険運転の8類型(自動車運転致死傷行為等処罰法第2条より抜粋)
1号 アルコールや薬物の影響による酩酊運転
2号 制御困難な高速度
3号 未熟運転
4号 妨害運転
5号 通行妨害目的の前方での停止・著しい接近
6号 走行中の自動車を停止・徐行させる
7号 赤信号無視
8号 通行禁止道路進行
人を死傷させた原因が正常な運転が困難になるほどの飲酒であれば1号、著しいスピード違反(高速度)ならば2号、あおり運転や急な割り込み・幅寄せならば4号などが適用されます。現行法において、アルコールや速度の数値基準はありません。明確な基準値が決まっていないため、適用のハードルが高いとの声もあがっています。
◾︎適用が困難な危険運転
津市で18年、制限速度60キロの道路を146キロで走行していた乗用車が人を死傷させた事故では、名古屋高裁が危険運転の成立を否定しました。埼玉県戸田市で24年、眠気成分を含む風邪薬を服用した状態で運転したトラックが車列に突っ込み、6人が死傷した事故では、東京地裁が過失運転致死傷罪を適用しました。
警察・検察の現場でも「過失運転」と「危険運転」のどちらを適用すべきかの判断は非常に難しいというのが実情です。名古屋駅前の交差点で10月15日、歩行者3人が軽乗用車にはねられて死傷した事故で、被疑者は過失運転致傷容疑で現行犯逮捕されました。愛知県警は、容疑を危険運転致死傷罪に切り替えて名古屋地検に送検。名古屋地検は過失運転致死傷罪に戻して起訴しました。
◾︎危険運転類型への批判と法改正への
より罰則の重い危険運転致死傷罪の適用を求める声は、交通事故遺族らから繰り返し上がっています。危険運転の判断が捜査機関や裁判所ごとに揺れ、遺族が不公平感を抱く事例もあります。
こうした声を背景に、法務省では法改正に向けた議論が続いています。具体的には、酩酊運転や高速度運転の数値基準を設ける改正案や、ドリフト運転のような曲芸的な運転行為を危険運転とする改正案が検討されています。
しかし、数値基準を設けることは根本的解決につながらないかもしれません。そもそも、道路の状態によって制御困難な速度は異なり、体質によって酩酊運転に陥るアルコール濃度に差があります。今後の法改正では、厳罰化と公平性の両立が問われています。悲惨な事故を減らすという目標を見失うことなく、慎重な議論を進める必要があるでしょう。
参考記事:
・2025年11月5日付 朝日新聞(西部) 朝刊23面 「首都高3人死亡事故 実刑」
・2025年11月5日付 朝日新聞(西部) 朝刊23面 「過失運転致死傷に変更し起訴」
・2025年11月5日付 読売新聞(西部) 朝刊25面 「首都高6人死傷 懲役7年6月」
・2025年9月30日付 読売新聞オンライン 「194キロ衝突死控訴審、被告の元少年は出廷せず…遺族『事件に真摯に向き合う姿を見ることができず残念』」
https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20250930-OYTNT50062/
・2024年11月27日 朝日新聞(西部) 朝刊26面 「時速196キロ 危険運転か否か」
参考資料:
・法務省 「法制審議会 ー刑事法(危険運転による死傷事犯関係)部会」