「当ホテルは、宿泊料は頂戴しておりません。その代わりにお願いしたいのは、あなたの『大切だったけれど手放す時が来たもの』についての物語。部屋に設置されたノートに、その物語をしたためてください」。
東京都目黒区にある環境配慮型木造賃貸マンション「リビオメゾン大岡山」。その一室にあるサステナブルを体験する無料宿泊施設「BOOK HOTEL 物々語」に、実際に宿泊してみました。予約は公式サイトで誰でも申し込むことができ、オンラインで面談を行った上で予約が確定します。
施設は、東急目黒線の大岡山駅から歩いて10分ほどのところにあります。閑静な住宅街の一角に佇むマンションに入り、「物々語」と書かれた表札のドアを開けると、「誰かがこれまで大切にしてきた物」と「物に宿る物語が綴られたZINE」が、筆者を出迎えてくれました。
部屋のあちこちに散りばめられていたのは、10人の作家が寄贈した「大切だったけれど手放す時が来たもの」とそれにまつわる記憶たち。そして机上に置かれた一冊のノートには、過去の宿泊者が記した「物語」が残されていました。

机上に置かれたZINE、筆者撮影
たくさんの記憶に囲まれながら一泊するという体験は、とても不思議で、どこか奇妙なものでした。ひとりぼっちなはずなのに、誰かの人生の欠片がすぐ手の届く場所にある。丁寧に紡がれた「言葉」や、情景を映し出す「文章」は、書き手にとって何気なく愛おしい暮らしを、読み手である私たちにありありと想像させてくれました。冊子を手に取るたびに、あるいはノートをめくるたびに、顔も知らない他者と出会い、まったく知らない誰かの人生を追体験しているような感覚に包まれました。
「物々語」を訪れた誰かの「大切だったもの」や「記憶」、または「手放した経験」に触れれば触れるほど、今、自分が「大切にしたいもの」や「手放したくないもの」への意識が呼び覚まされます。何を大切にしたいのか、誰を大切にしたいのか、これまで何を手放してきて、何を手放したくないのか。空間に、そう問いかけられているような気がしました。
「サステナブルな暮らし」を実現するためには、単に環境に配慮した商品を買ったり、物を長く使ったりといった目の前の行動を変えるだけではなく、個人個人が手放したくないと思えるほど大切なものはなにか、そもそもサステナブルな暮らしとは何か、どんな暮らしをしたいのか、自らに問い続ける必要があるのかもしれません。「物々語」は、言葉を頼りに他者の暮らしを感じ取り、自らを顧みるきっかけを提供してくれました。他者の人生に思いを馳せ、自らの人生をより豊かにしたい。そんなことを思いながら、部屋を後にしました。
参考文献
日鉄興和不動産株式会社 「宿泊料は「あなたの大切な物にまつわる物語」『BOOK HOTEL 物々語』東京・大岡山にオープン作家10名が寄せた”物と物語から、中古品のドラマを感じるサステナブル体験”」
日鉄興和不動産株式会社「BOOK HOTEL 物々語」