世界を熱狂させる日本アニメ 現場の声はどこへ向かう?

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』は世界総興行収入で823億円を突破し、日本映画の歴代興行収入1位を記録しました。筆者も劇場に2度足を運び、その熱気を肌で感じました。

しかし、日本のアニメ業界は依然として厳しい労働環境や待遇の問題を抱えています。25日の記事「グローバル化する日本アニメ産業、その先にはどんな景色が」で指摘されており、筆者も改めて考えるきっかけになりました。そこで、今回は制作現場の課題について掘り下げてみたいと思います。

就職活動の中で制作会社について調べる機会がありました。その際に気づいたのは、待遇が昔に比べて大幅に改善されつつある一方で、大卒の平均初任給と比べれば低く、生活を支えるには厳しい水準にとどまっているということでした。さらに、多くの会社が業務委託や契約社員を前提としており、安定して働き続けられるのかという不安もあります。

こうした状況が長年変わらない背景には、昔から言われている業界特有の構造があります。日本の多くのアニメは製作委員会方式で作られ、複数の企業が出資することでリスクを分散できる一方、収益が細かく分配されるため制作会社やクリエイターに十分な利益が還元されにくいのです。

どれほどの大ヒットでも現場の待遇改善に直結しにくいのはそのためです。海外ではディズニーのように、映画を起点にゲームから音楽や配信までを自社で展開する「コンテンツ・コングロマリット戦略」が主流です。しかし数百億円規模の投資が前提となるため、日本の制作会社が単独で同じ経営モデルを取るのは困難です。

それでも近年、日本でも従来の枠組みから踏み出そうとする動きが見られます。たとえば『鬼滅の刃』を手がける ufotable は、アニメ制作に加えて「ufotable Cafe」などのコラボカフェ事業や公式グッズ販売を自社で展開し、収益を社内に還元する仕組みを整えています。『呪術廻戦』や『チェンソーマン』を制作する MAPPA は、配信プラットフォームとの直接契約や海外市場を見据えた自社主導の作品作りに挑戦。特に『チェンソーマン』では従来の委員会方式を取らず、自社出資で制作を進めたと報じられています。こうした取り組みはまだ業界の一部に限られますが、成功事例が増えれば、制作会社が主体的に収益を確保し、その資金を現場の労働環境改善へ回せる余地が広がるでしょう。

さらに、業界にはアニメ好きだからやれるという情熱に依存する「やりがい搾取」の慣習も残っていると考えられます。熱意ゆえに長時間労働や低賃金が正当化されてしまい、結果として優秀なアニメーターが待遇の良いゲーム業界や海外スタジオへと流出してしまう現象も起きているといいます。一方で、正社員雇用や研修制度を整え、給与や残業時間を見直すスタジオも増え始めています。大手を中心とした改善の動きが業界全体に広がるかが、今後の大きな鍵となるでしょう。

調べる中で強く感じたのは、待遇や働き方の問題が、業界を志す学生の離脱につながっているのではないかということです。実際、企業HPに給与の詳細が明記されていないケースも多く、就職活動を進める中で安定を求めて別の業界を選ばざるを得ない人も少なくないはずです。

『鬼滅の刃』のように世界を熱狂させる作品を生み出す力が日本のアニメにはあります。特にフルCGだけでなく、手描きやセルルックといった独自の表現スタイルは世界に誇れる強みだと考えます。しかし、アニメが「文化」であり、「産業」であり続けるためには、限られたヒット作が光を放つだけでは不十分です。優れた作品を生み出す原動力は、スタッフ一人ひとりの創意と情熱です。その力を不当に搾り取る構造を改め、安心して創作に取り組める環境を整えなければ、未来の名作は生まれません。

若手クリエイターが途中で離脱してしまうことこそ、業界最大の損失だと言えるでしょう。だからこそ、制作会社、配給会社、スポンサー、そして観客も含め、アニメを支えるすべての人々がこの課題に向き合う必要があります。

参考記事:

日本経済新聞2024年8月16日付「日本にディズニーは生まれるか メガIP企業が開く未来 」

日本経済新聞電子版 3月5日「アニメ賃金、脱「滅私奉公」探る 人材確保に危機感

東洋経済オンライン 2023年5月17日付  「『呪術廻戦』制作会社が挑むアニメ業界の悪習打破 MAPPAが『チェンソーマン』に100%出資した狙い

 

参考資料:

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 』第一章 猗窩座再来』 公式サイト

ufotable, https://www.ufotable.com/

株式会社MAPPA, https://www.mappa.co.jp/

経済産業省「業界の現状及びアクションプラン(案)について 【アニメ】 (事務局資料②)」 2025年1月17日