[前編] 相手の視点を知った時、どう思うんだろう?- 日米共通「私たちの一つの教科書」プロジェクト(学生インタビュー)

2020年代に入ってから3年足らず。その間に北朝鮮から20発を超える弾道ミサイルが発射され、タリバンがアフガニスタンを掌握し、ロシアによるウクライナ侵攻がありました。軍事費世界第2位を誇る中国は台湾に意欲を見せ、欧米諸国は対抗姿勢を強めています。中露NATOを問わず、多くの国が軍備の強化を急ぐなか、日本の安全保障のあり方が問われていると感じます。国家の主権と平和を守るための手段として、軍事力や経済安全保障を求める声が大きくなっている今こそ、別の方法を模索し続けることが大切かもしれません。

日本とアメリカの高校生を繋ぎ、日米共通の歴史教材を作った学生がいます。8月末、筆者はお話を聞くことができました。本記事は、そのインタビューをまとめたものです。

歴史教材(英語版)の表紙

「私たちの一つの歴史の教科書プロジェクト」。そう名付けられた企画は、学生(20)が高校時代のアメリカ留学した際に立ち上げ、実現させたものです。これは、真珠湾攻撃と原爆投下を主に扱った歴史教材で、日本とアメリカ、双方の視点から語られます。40ページを超える超大作で、作成期間は半年以上。留学先でできたアメリカ人の友人や中学高校での日本人の友達合わせて10人ほどが中心となったそうです。留学中に新型コロナの感染拡大が始まり帰国を余儀なくされ、この教科書はあまり活用できていないと残念そうでしたが、それでもいくつかの学校や団体で講演をしたと聞きました。

教材は、真珠湾攻撃と原爆投下の2つの箇所に分かれており、それぞれが「知るパート」「話すパート」「繋がるパート」で構成されています。「知るパート」では、歴史的事象を多面的に学びます。知識や視点を得る段階です。次の「話すパート」では、得た知識をもとに歴史を咀嚼し、学生が共有しながら分析を深めます。そして最後の「繋がるパート」では、現在の国際情勢を取り上げ、過去と現在の出来事の関連性や相違点を見つけます。

歴史教材(日本語版)

真珠湾攻撃の章を見てみましょう。

「知るパート」では、真珠湾攻撃に関する史実に加え、日米それぞれの反応や見解が説明されます。その後、真珠湾攻撃を指揮した日本人と米海軍薬剤師の話が紹介されます。この教科書で興味深いのは、日米両方の視点を記したことはもちろん、事件史を中心とした「全体の視点」だけでなく、個々の人生における歴史的出来事の位置付けに着眼した「個人の視点」にも力点を置いている点です。歴史に関わっている全ての人が、自分と同じ人間だと思い直すきっかけになるかもしれません。

「話すパート」では、「米国は(中略)意図的に日本に攻撃するよう仕向けたのだろうか」という質問に答える形で、真珠湾攻撃に関する議論が促されます。肯定側の理由の例としては、ハル・ノートや資源封鎖などが挙げられていました。

続く「繋がるパート」では、教材が作成された当時、注目を浴びていた北朝鮮情勢が取り上げられます。印象的なのは、制裁に注目している点です。当時インドシナに進駐していた日本に対する制裁強化と、現在の北朝鮮への制裁強化の流れを、時系列で比較しまとめています。もちろん80年も前の日本の姿をそのまま現在の北朝鮮に投影することはできません。しかし、共通点と相違点の分析を踏まえた上で、「アメリカはもっと北朝鮮に制裁を加えるべきか」という問いを考えさせる展開は、歴史から学ぶ姿勢を教えてくれるものでした。

教科書の最後はこう結ばれます。「この教科書を通して、私達はこの世界で唯一の人々ではないことを再確認して頂けたらと思います。世界には常に別の視点の人々がいます」「沈黙すべき時は決してありません」

この記事を書く際、ウクライナのことが幾度なく頭をかすめました。例えば、「繋がるパート」の「制裁」という言葉は、特にそれを思い起こさせます。平和のために学生ができることは何なのか。後編では、プロジェクトの背後にある思いや活動の原動力をききます。

 

(後編につづく)

 

参考資料

外務省「北朝鮮による弾道ミサイル等発射事案」

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100043970.pdf