22日午後4時55分、手元のスマートフォンにNHKのニュース速報が届いた。「韓国 GSOMIA終了せず 日本政府に方針伝える 政府関係者」。間も無く、韓国の通信社「聯合ニュース」の速報も届いた。内容はNHKの速報を引用したものだった。どうやら日韓の報道機関の中でNHKが最初に報じたらしい。この時、筆者は韓国で政治記者を務める友人とメッセージアプリで連絡を取っていた。日本で速報が流れたことを伝えると友人は「青瓦台(韓国大統領府)のマスコミ向けブリーフィングは5時からと言っていた。政治部の記者たちがバタバタしている」と慌ただしく動き出す在韓メディアの様子を教えてくれた。午後5時台になると産経、朝日、時事通信社、日経、読売がそれぞれ電子版やLINEを通じて速報を伝え、6時過ぎまでには東亜日報など韓国大手メディアも第一報を打ち出した。
GSOMIAは国家間で軍事情報を共有するための枠組み。韓国が朴槿恵政権だった2016年11月に締結され、これまでに29回北朝鮮の核・ミサイルの情報などが日韓で共有されていた。昨年10月に示された韓国大法院(最高裁)での元徴用工判決に端を発した日韓両政府間の関係悪化が収まらず、8月23日、韓国政府が破棄することを日本側に通告していた。同月2日に日本政府が輸出管理での優遇対象国(ホワイト国)から韓国の除外を決定していたため、報復措置ではないかとの見方もあった。破棄撤回が無ければ、今日の午前0時をもって失効していた。数時間前の発表となった点に、文在寅政府がギリギリまで対応を議論した様子がうかがえる。
韓国大統領府の金有限(キム・ユグン)国家安保室第1次長は22日「わが政府は、いつでも韓日GSOMIAを終了させることができるという前提の下で2019年8月23日(に通告した)終了の効力を停止させることにした。 日本政府はこれに対する理解を示した」と発表。さらに「韓日間の輸出管理政策対話が正常に行われている間、日本側の3品目(半導体材料など)の輸出規制に対するWTO提訴の手続きを停止させる」とした。これに対して安倍晋三首相は取材陣に「北朝鮮対応のために日米韓の連携協力は極めて重要だ。韓国も戦略的観点から判断したのだろう」と語り、韓国政府の対応を評価した。
では日韓のメディアはどのように評価したのだろう。両国の大手紙朝刊は軒並み社説でGSOMIA破棄撤回について取り上げていた。読み比べると、日韓それぞれの視点が見えてくる。
「北朝鮮の不穏な動きが続くなかで、日韓関係がここまでこじれたのは不毛というほかない。今回の失効回避を機に、両政府は国民の実利を損ねる負の連鎖を止めなければならない(中略)文政権が誤った対抗措置のエスカレートを踏みとどまった以上、日本政府も理性的な思考に立ち返るべきである。輸出規制をめぐる協議を真摯(しんし)に進めて、強化措置を撤回すべきだ」と、朝日新聞は論じた。「ボールは韓国側にある」としてきた日本政府の手に今度はボールが渡されたのだ、と強調しているようだ。
日本経済新聞は両国政府が行動する必要性を論じた。
「決定は条件付きで楽観は禁物だ。(中略) 日韓関係の悪化は幅広い分野に及んでおり、今回を修復の糸口にすべきだ。最大の懸案である元徴用工問題で韓国が打開案を示すのが望ましい。(中略) 政府も韓国と協力する姿勢を示すべきだ。米国が日米韓の枠組みにこだわるのは、中国やロシアの脅威にも有効だとみているからだ。日本は北朝鮮の核・ミサイル問題のほか、拉致問題も抱える。隣国の韓国をつなぎ留め、日米韓体制を立て直すときである」。
読売新聞は慎重な論じ方をした。「日米韓3か国の防衛協力が傷つく事態はひとまず回避されたが、日韓間の懸案解決はこれからである」とした上で「日韓関係の好転は、韓国人元徴用工を巡る対立が解消されない限り、期待できない。韓国最高裁が日本企業に元徴用工への賠償支払いを命じた判決は、1965年の日韓請求権・経済協力協定に違反する。にもかかわらず、文在寅政権は実効性のある善後策をとっていない。(中略)韓国政府は、日本側が受け入れ可能な解決案を早急に提示しなければならない」と、関係改善の鍵は韓国側の譲歩が欠かせないことを指摘した。
韓国大手紙で保守系メディアの朝鮮日報は「無能外交の国が恥ずかしい」と題した社説を掲載し、文政権を痛烈に批判した。「結局、得たものもなく抜いた刀を鞘に再びおさめることになったのだ」と8月の破棄通告を皮肉った上「この3ヵ月間、国論は分裂し、残ったのは同盟毀損だけだ。 (中略) 自尊心を立て、支持者が好むとして国益を害する自害をするなら、大統領の職権乱用だ」とこき下ろした。
同じく保守系の東亜日報は「(日韓両政府が)『対話による解決』という共感を辛うじて実現しただけに、まず両者が葛藤を誘発する小さな措置や些細な言辞にも気をつけながら、外交的交渉力を総動員して妥協可能な折衷点を導き出すのが最善だろう」と今後の展望を述べた上で「政府が取り出したGSOMIA終了カードが果たして効果があったのかも疑問だが、そのカードを取り出したこと自体、多くの不必要な論議を呼んだ。 特に、韓日関係を越え、韓米同盟、韓米日3カ国協力体制まで揺れさせたという点で、米国の深い疑問を生んだのが事実だ」と政府の対応を憂慮した。
一方、革新系メディアのハンギョレ新聞は「日本がこれまで頑なにGSOMIAと輸出規制を分離して対話を拒否してきたことから旋回したことは肯定的に評価すべき点だ」と今回の関係進展に一定の評価を示したが「しかし、政府の発表内容が日本の輸出規制の撤回を求めてきた韓国国民の目線には及ばないという指摘は避けがたい。政府は国民に今回の決定の背景を十分に説明し、今後、国民の要求レベルに合った交渉を引き出さなければならない」と主張。「政府は今回のGSOMIA論議の過程を冷静に省察し、日本の経済報復と強制動員賠償問題を早期に抜本的に解決することに総力を傾けてほしい」と注文をつけた。
このように、批判、評価、憂慮と、多種多様な意見が見えて来た。
残念ながら昨年10月の徴用工判決からの1年余を振り返ると多くのものが失わてしまった。交流事業の中止、訪日韓国人観光客の減少。そして、相手国に対する疑念や不信が蔓延してしまった。そんな中で破棄撤回は対話の糸口にならないだろうか。草の根で日韓交流を支える人たちにとっては、久々にホッとする出来事だったかもしれない。事実、筆者もニュースを見た時に安堵している自分がいた。条件付きの撤回というだけに楽観視はできないが、国家レベルの前向きな対話を求めたい。
参考記事:
23日付読売新聞朝刊(東京13版S)1面「『GSOMIA』失効回避」他、関連記事
同3面 「社説 韓国の廃棄見直しは当然だ」
同日付朝日新聞朝刊(東京14版)1面「GSOMIA 一転継続」他、関連記事
同12面「社説 関係改善の契機とせよ」
同日付日本経済新聞朝刊(東京14版)1面「GSOMIA 失効回避」
同2面「社説 協定維持を機に日米韓体制を立て直せ」
参考資料:
23日付ハンギョレ新聞電子版「[사설] 지소미아 ‘조건부 연기’ 결정, 국민에 충분히 설명해야(〔社説〕GSOMIA「条件付き延期」決定、国民へ十分に説明すべき)」
同日付東亜日報電子版「[사설]‘외교의 시간’ 번 韓日, 지혜 모아 진정한 해법 도출해내야(〔社説〕 「外交の時間」を稼いだ韓日、知恵を集めて真の解決策を見出せ)」
同日付朝鮮日報電子版「[사설] 제 발등 찍은 지소미아 사태, 무능 외교 나라가 부끄럽다([社説]自らを裏切ったGSOMIA事態 無能外交 国が恥ずかしい)」
同日付毎日経済新聞電子版「[사설] 지소미아 조건부 연장, 일본도 상응 조치 내놓아야(GSOMIA 条件付延長 日本も相応措置を打ち出すべき)」
22日付NHKニュース速報「韓国 GSOMIA終了せず 日本政府に方針伝える 政府関係者」
同日付聯合ニュース速報