今年、タイでは大きな政治的行事が続きました。まず、3月には議会下院の総選挙が行われました。2014年に軍事政権がクーデターで政権を握って以来初の国政選挙です。そして、5月にはワチラーロンコーン新国王の戴冠式。2ヶ月前、首都バンコクを訪れた際には、新国王の肖像や王室の象徴である黄色の旗が街中に掲げられ、盛り上がっていました。しかし、その政情は安定には程遠いと言わざるを得ません。
ここで、タイの政治状況を簡単に説明しましょう。農村部に支持基盤を持つタクシン派と、都市部の中上流階級が推す反タクシン派は、以前から抗争を続けていました。その機に乗じて軍部が14年にクーデターを起こし、政権を握ったのです。当初は、1年半程で民政復帰すると説明していましたが、政界での権力基盤や影響力を維持し、拡大するために、選挙を先延ばししてきた経緯があります。ようやく今年になって選挙に踏み切ったのです。
思惑に反し、タクシン派で反軍勢力でもある「タイ貢献党」に対する支持が根強かったことから、軍は選挙で自らに有利になるように工作をしました。日本経済新聞のコラム「真相深層」によると、選挙管理委員会は選挙前に決めていた比例代表の議席配分方法を開票の最中に変え、反軍勢力が議会下院の過半数に達しないように仕組んだそうです。結果、タイ国軍出身のプラユニット氏が辛うじて新首相に選出されましたが、その内閣は19党の連立によって成立しています。このような選挙では民主主義に程遠く、また、新政権の基盤も非常に不安定と言えます。
公正な政治を支えるはずの言論の自由も厳しく規制されています。そもそも、タイでは王室への批判、中傷、侮辱は刑法第112条で不敬罪に規定されていますが、今は軍事政権への批判も許されていません。
写真家の後藤勝氏によるYahoo!ニュース特集記事「軍事政権VS.民主化 権力批判できないタイの姿」によると、最近は街頭で少しでも政治的な発言や行動をすれば、治安部隊による尋問を受けるそうで、大学でも政治的なテーマの集会、会議は一切禁止されています。このやり方は、天皇の権威を盾に厳しい言論統制を行った戦前の日本の軍部政権に似ているように感じられます。新国王の即位に伴い、今後、不敬罪がさらに拡大適用され、言論取り締まりが厳しくならないか気になります。
加えて、経済面でも大きな歪みがあります。世界的な金融複合企業クレディ・スイスの18年の調査データによると、人口の1%が国内の富の66.9%を保有しており、集中率は2年前より8.9ポイントも悪化しています。このため「世界で最も不平等な国」の烙印を押されるほどです。GDPの大きさから中進国に分類されていますが、近年、名目GDPの伸び率は弱く、女性が一生に産む人数を示す合計特殊出生率も1.5程度で少子化が急速に進んでいます。そのため、先進国になりきれずに経済が停滞する危険もあるようです。
それでも軍事政権は根本的な問題解決をせずに、タイ東部経済回廊(EEC)地域の開発などの経済政策を強引に進めようとしています。結果的に、たどり着く選択肢は一つ。中国に近づくことです。元来、華僑・華人が非常に多いタイですが、特に近年、中国に頼ることで窮状を打開しようとしているのです。
このようなタイに対し、日本はどのように対応すべきでしょうか。
G20の会期中に両国の首脳会談が持たれましたが、5年前の軍事クーデターの際、日本政府が遺憾の意を表明したこともあり、外交的に非常に密接、とは言えない状況です。確かに、民主政治を国家の基本に位置付ける日本が、非民主的な現政権と親密になるのは考えものです。
しかし、これまで親密な関係を長期間築いてきた二ヶ国だからこそ、相手の状況を受け入れ、内部改革に取り組むよう積極的に働きかけていくことが重要かと思います。政治的なことに直接口出しをするのは危ういですが、ひとまず、経済面で格差是正が進むよう、インフラ面の支援や提案を行うべきです。そして長期的には、タイが抱える根本的、構造的な問題に取り組んでいけるよう協力していけば、ウィンウィンの関係を共有できるのではないでしょうか。
参考記事:
13日付 日本経済新聞朝刊(大阪14版)2面「タイ軍、薄氷の政権維持」
参考ウェブページ:
Yahoo!ニュース特集 「軍事政権VS.民主化 権力批判できないタイの姿」
https://news.yahoo.co.jp/feature/1322
Bangkok Post 「Report: Thailand Most Unequal Country in 2019」
https://www.bangkokpost.com/business/1588786/report-thailand-most-unequal-country-in-2018