「認知症だけにはなりたくないよね」。高校で友人同士の会話が耳に入った。認知症を発症した母方の祖母と同居し始めた高校一年生の時だ。病気で心や感情までも失うわけではない。一緒に過ごし、目が離せない大変さや症状の悪化に戸惑いはあったものの、認知症を頑なに拒み、批判する友人に違和感を覚えた。
5年間にわたって祖父と母と私の3人で介護にあたった。祖母は2年前に他界したが、最期まで楽しく過ごした。食事の際には、飲み込みがうまくいかず、お皿が空になる前にスプーンを投げてしまうこともあった。母は食べやすいようにとろみをつけたり、細かく刻んだりといった工夫をしていた。
夜、枕もとでは食べ物が喉に通りづらくなったことは忘れ、美味しいお肉や、アワビ、さらには昔旅行先のドイツで出会った白アスパラガスなど、食べたいものの話で盛り上がった。祖母の部屋で話すことの内容はいつも変わらない。同じ話を何度も聞いた。ただ、真っ直ぐに笑顔で楽しそうに話してくれる祖母が好きだった。
私が大学に合格した時も大学名を覚えるのは難しかったが、両手を一生懸命にたたいて「おめでとう」と何度も言ってくれた。病のせいで、何もかも忘れてしまうわけではないと介護を通じて学んだ。
今朝の読売新聞に特集が組まれていた。「予防があまり強調されると、認知症になったらもうおしまいだと絶望しがち」と述べられていた。まだまだ偏見があると思う。だが、嬉しいことに、近年認知症の人の暮らしぶりを紹介する紙面が増えている。
2月の朝日新聞で目に留まった記事があった。「認知症になると何もできないという考えを変えたい」市川美津子さん(74)が訴えていた。ヘルパーを長年務めてきたが、自身がアルツハイマーと診断された。それでも自らの経験を伝えたり、本人や家族の相談に乗ったりしている方だ。認知症だけにはなりたくなかったと診断を受けた時の気持ちも述べられていた。
高齢化の進む日本。約5人に1人は起こりうる身近な病気だ。認知症になりたくないからと予防ばかりに目を向けるだけではなく、その暮らしぶりにも注目してほしい。
参考記事
5月9日付 読売新聞朝刊(東京12版)11面(解説) 「解説スペシャル 認知症幅広い視点で」
2月25日付 朝日新聞(東京)23面(生活)「(認知症とともに)本人の思い:11 忘れることがあっても別にいいじゃない? 市川美津子さん」