スマホのない時代だったらなあ

「あと少し早く生まれてきたかった」

そんな一文で始まる投稿が本日付の朝日新聞声欄に掲載されています。投稿者は16歳の女子高生です。

「数年前に家族でオーストラリアを訪れた際、オススメのレストランなどを現地の人から直接聞いた。しかし今年再び訪れた時には全てスマートフォンで事足りてしまった。便利さの陰で人と人とのつながりが失われたのではないか」

だからスマートフォンが普及する前に生まれたかった、と。

「そうだよなあ」
投稿を読み終え、思わず声を上げていました。そうなのです。私もスマホ全盛期の現代に懐疑的なのです。

スマホは私たちに何をもたらしたのでしょうか。

苦い経験があります。
高校時代、スマホを持っていないがためにクラスで孤立しました。
クラスメートはスマホゲームの話題ばかり。機械を持たざる者には何が何やらわかりません。加えてLINEでのやり取りが主流だったため、行事の連絡が届かず、省かれてしまったことも。
今や、スマホが無くては人間関係も築けない事態が発生するのです。

スマホの利便性は理解できるのですが、それが果たして「生きやすい世の中」に直結しているのか。いささか疑問を覚えます。

こんなこともありました。

数年ぶりに会った友人と食事をしていると、友人はスマホにばかり目を向けています。
どうやらTwitterやLINEのやりとりに夢中の様子。
話をかけても「うん」「へー」としか言いません。
せっかく久々に会ったのに…。

意気揚々と再会を心待ちにしていた私は、すっかり興ざめして別れました。

もっとあります。

以前、交際していた女性とデートをしていた時のこと。
待ち合わせ場所から彼女はスマホに釘付け。
何度話しかけてもスマホから目を離しません。

「一体何をしているんだ!」
業を煮やして問い詰めると彼女は
「ぷよぷよ」
ととぼけたように答えました。
どうやらゲームをしていたようです。
「なぜ一緒にいるのにゲームばかりしているんだ」。
まくし立てると返してきました。
「じゃあゲームより面白い話をしてよ」

この直後に彼女と別れたことは言うまでもありません。

街に出ると小さな画面から離れられない人がごまんといます。
こうべを垂れながら歩いている人の群れを見ていると、正直気味が悪くなってきます。
もはやスマホは手の先にくっ付いた臓器の一部なのではないかと思いたくなります。

筆者の母親は
「昔はネットもスマホもないから、直接会った人だけが友達だったのよ」
とどこか誇らしげに話していました。
聞いた時には「そりゃあそうだろうな」と思っていましたが、今思い出すと「なんて羨ましい時代なのか」としみじみ思います。

今はどうなのか。
スマホを使えば遠くの誰かとも繋がりますが、意図せず近くの相手を蔑ろにしていまいか…。

やはり、声を大にして言わせてください。

スマホのない時代だったらなあ!!!!!

参考記事:
2日付朝日新聞朝刊(東京13版)14面「スマホのない時代だったらなあ」

編集部ブログ