どの引き際も美しい

時の人の言葉に耳を傾ければ、きっと人生のヒントを与えてくれる。そう信じて、日本経済新聞の名物コラム「私の履歴書」を楽しみにしています。ある人物を取り上げ、ほぼ1カ月間、自伝を紹介しています。今月の担当は元プロ野球選手の江夏豊さん。

連載の初回で1993年に覚せい剤の所持で実刑判決を受け2年2ヶ月にわたって服役をしていたこと、社会復帰するために手を差し伸べてくれた人がいたことについて感謝を示しています。いったいどんな野球人生を歩んでいたのか。すぐにひきこまれました。

1960年代後半から80年代前半にかけて日本のプロ野球を牽引しました。1979年の「江夏の21球」と言われる名勝負を知らない野球ファンはいないでしょう。近鉄と3勝3敗で迎えた日本シリーズ第7戦。9回裏無死満塁の大ピンチを切り抜け、広島を日本一に導いた投手の偉業は球史に刻まれています。

誰にでも、幕を引く瞬間が訪れます。江夏さんは二軍生活を経て、36歳で引退します。引退試合には胸が高まりました。最後に青春を捧げた阪神の縦縞ユニフォームに身をつつんでいたからです。もちろん背番号は28。阪神では剛球投手、南海ではストッパーとして第二の投手人生に闘志を燃やす。広島、日本ハムでは優勝請負人としてマウンドに君臨したヒーローだったことが伝わります。そんな感動的な式でしたが、心になにか残したことがあったのでしょう。その1ヶ月後に大リーグ挑戦のために海を渡り、夢破れて完全にグラブを置いたのです。

振り返ると今年は、一時代を築いた人たちの引退表明が相次ぎました。スポーツ界では、浅田真央さんや宮里藍さん、伊達公子さん、長島圭一郎さん。芸能界でも、安室奈美恵さん。将棋では加藤一二三さん。競馬ではキタサンブラック。「まだやれるのに」と惜しまれつつ去っていく人、「もう限界ではないか」とささやかれつつも自分が納得いくまで続けて退く人。一時代を築いた人たちの引き際はさまざまです。私は自分の決めた道を信じてボロボロになるまでやりとげたいものです。

参考記事
28日付 日本経済新聞(東京14版)38面(文化)「江夏豊(27)父を求めて 大沢監督の器にほれ込む 打たれても「使った俺が悪い」」
(12月1日から連載 日本経済新聞「私の履歴書 江夏豊」)
同日付 朝日新聞(東京14版)14面(スポーツ)「長島、引退表明 スピードスケート・バンクーバー銀」