命を救う法医学 虐待の早期発見を目指して

 「it それと呼ばれた子」という本を読んだことがあります。幼少期に虐待を受けていた男性の体験談です。筆者は、赤ん坊の弟の汚物を食べさせられたり、寒い地下室に閉じ込められたりという想像を絶するほどの仕打ちを母親から受けていました。しかし、身体の傷を心配する大人たちに嘘をつき、親をかばい続けました。

 「いつか昔の優しいお母さんに戻ってくれるはず」

 寒さや痛みに耐えながらこのように思い続けていたそうです。

 虐待を受けている子供が事情を聞かれても親をかばい続けることは珍しくありません。また、病院などで身体の傷について問われた際に親は「階段から落ちた」「転んだ」などと言って、虐待の事実を隠すことも多いようです。

 虐待の早期発見を目指し、法医学の観点を用いた取り組みが各地で進んでいます。

 これまで日本の法医学者は死亡推定時期や凶器の特定など、死体を主に扱ってきました。しかし、小さな傷の色や形状から原因を探ることに長けている特性を生かして親子に潜む「嘘」を暴き、小さな命を救おうというのです。

 虐待の疑いがあるとして児童相談所に保護した子供を親元に返した後、虐待によって死亡するというケースが後を絶ちません。職員だけでは判断が難しいことが多いということです。

 子供を苦しみから少しでも早く救うため、そして虐待によって亡くなることを防ぐためにこの新しい取り組みがさらに進むことを強く望みます。

 【参考記事】

20日付 読売新聞朝刊(大阪14版)31面(社会)「虐待発見 法医学の目」