統合幕僚長 信頼と責任

 昨夏まで、家の近くにあるスイミングクラブでアルバイトをしていました。幼児や小学生に水泳を教えたり、地域の人と話をしたりと楽しい時間を過ごしました。そんななかで、困ったことがありました。

 それは、横断歩道しか渡れないということです。赤信号はいうまでもありませんが、横断歩道のない道路を渡ったところを子どもたちに見られても、「先生、いけないんだ」と無垢な瞳を向けて注意してきます。子どもたちの多くは同じ地域に住んでいるので、仕事の行き帰りに限らず、常に先生であることを自覚していました。

 自衛官のトップである統幕長なら、なおのこと自覚が必要でしょう。

 23日の日本外国特派員協会の講演で、河野克俊統合幕僚長は「統幕長として申し上げるのは適当でない」、さらには「一自衛官として」と前置きしたうえで、「自衛隊の根拠規定が憲法に明記されるのであれば非常にありがたい」と述べました。

 何の問題もない発言のように聞こえますが、野党からは、公務員に憲法尊重擁護を義務づけた憲法99条や、自衛隊員の政治的行為の制限を規定した自衛隊法61条に反するとの指摘が出ています。

 安倍首相は2020年までに憲法改正、施行を目指しています。そうした中での統幕長の「ありがたい」という発言は、自衛隊が憲法に明記されることがいいことのように受け取ることもできます。いくら前提を置いた個人的意見だとしても、立場上、相当な影響力を伴うことでしょう。

 常に、公務員であること、自衛官であること、そして統合幕僚長であることを意識することは、息の詰まることかもしれません。ただ、それは、その職務が気高く偉大であるがゆえでもあります。定年が1年延期された河野統幕長には、自覚をもって職務にあたり、日本の安全を守ってほしいものです。

 アルバイトを終えた最近は、自宅近くの横断歩道のない道路も気兼ねなく渡ることができる一方、スイミングの子どもたちから「先生」と慕われなくなったことに寂しさも覚えます。信頼を得るには、それなりの自覚と責任感が不可欠であることを実感しています。

参考記事
26日付 朝日新聞 13版 3面 「統幕長発言 野党が批判」
同日付 読売新聞 13版 4面 「統幕長発言で応酬」