ジェット機が低空で接近する音が聞こえ、何秒後かに爆発音が鈍く響き渡る。人々の恐怖と焦りが入り混じった声が、まだ何も映し出されていない映像を支配する。第89回アカデミー短編ドキュメンタリー賞を受賞した「ホワイト・ヘルメット―シリアの民間防衛隊―」はこんな映像から始まります。この作品は、シリアでの終わりの見えない内戦と日々起きている無情な現実の中で、敵味方関係なく空爆の犠牲者を救助していく民間の救助隊―ホワイト・ヘルメット―の雄姿を淡々と描いています。その救助隊の人々が、いま苦境に直面しています。
現地時間4日、トルコの国境と接するイドリブ県ハンシャイフン市でアサド政権側が化学兵器による攻撃を行ったとの情報が入ってきました。当然ながらホワイト・ヘルメットは現地にて救助活動を行っていますが、毒ガスによる二次被害で作業が難航しているようです。毒ガスに苦しむ男女や子供たちの映像がメディアを通して世界に伝えられています。酸素マスクあてながらも苦しんでいる様子を見ているだけで胸苦しくなってしまいます。
オバマ政権が2012年に化学兵器の使用を、これ以上踏み込めば厳しい制裁が待っている「レッドライン」としながらも翌年8月のサリン攻撃に対し行動を起こさなかったことが、今回の空爆に影響していることは言うまでもありません。米国の「レッドライン」という言葉が単なる脅し文句へと変質してしまったという見方もできると思います。
とはいっても13年当時、米国内でシリアへ介入すべきとする声は1割にも満たなかったことから米国民が中東への直接介入をためらっていることがわかります。収拾のついていないイラク、アフガニスタンのことを考えればその気持ちも理解できます。しかし、米国の力がシリア内戦の終結に必要なのは明確です。人権を抑圧しているアサド政権側に圧力をかけられるのはNATOでも最大の力を持っている米国だけだからです。もし政権側が崩壊した場合には、欧米が迅速かつ中立的な介入をしなければ単なる虐殺に発展することも予想されます。こうしたことを踏まえて、国際社会は和平協議で戦争終結をさせようと尽力していますが、米露の対立や両陣営の憎悪感情がそれを妨害しています。
トランプ政権が今後どのような対応をとるかで、今後の展開は変化していきます。新大統領にとっても大きな試練になるでしょう。私個人としてはトランプ氏がある程度、強硬に出ることで新たな進展が見られることを期待しています。
最後に、過酷な状況の下でも人命を懸命に助けようとするホワイト・ヘルメットに敬愛の意を表して、この文を終えたいと思います。
参考記事:
6日付 読売新聞朝刊(東京14版)7面(国際)「「口から泡」凄惨現場 シリア化学兵器」
同日付 日本経済新聞朝刊(東京14版)9面(国際2)「シリア人道支援 混迷」
同日付 朝日新聞朝刊(東京14版)1面(総合)「空爆後 口から泡・けいれん」