そびえ立つ壁に女神は何思う?

 

  “I lift my lamp beside the golden door!” ――「我は黄金の扉のかたわらにともし火をかかげん」。自由の女神(Statue of Liberty)で知られる像の台座に刻まれている詩の、最後の一節です。「疲れ果て、貧しさにあえぎ、自由の息吹を求める群衆を、我に与えたまえ」の言葉で始まる詩は、アメリカの女流詩人エマ・ラザラスが綴りました。1880年代から1920年代にかけて、多くの移民が米国へやってきました。主に欧州諸国からの移民はニューヨークにある自由の女神像、“Golden door”を目指したのです。あれから130余年。ラザラスの言葉に「虚しさ」さえ感じてしまいます。

  今朝の朝日新聞の記事では、米国とメキシコの国境沿いにある柵と、不法出国の実態が報じられています。メキシコ北端の都市ティファナには、高さ約5メートルの柵がそびえ立ちます。毎週末、1日4時間だけ柵越しの会話が認められ、米国に住む家族と会おうと多くの人が集まります。「目の前の娘を抱きしめることもできない」。11月初め、マリア・バルガスさん(46)は、娘のエイミーさん(24)と再会しました。マリアさんは2002年、娘をつれて米国に不法入国して働いていましたが、1人だけ強制送還されました。顔を合わせた母子は泣き続け、鉄格子を挟んで互いの手のひらを重ね合わせたといいます。

  ティファナ市内の柵は、1980年代までは簡素な金網でしたが、90年代から不法移民対策として米政府が建設を進め、2001年同時多発テロ以降にさらに強化されました。今では両国の国境、約3200キロの3分の1ほどに金属製の柵や壁があります。匿名を条件に取材に応じた密入国ブローカーの男性(36)は、1人7千ドル(約75万円)で道案内をしていると話しました。柵を越えるほか、砂漠を横断したり車の荷台に入って越境したりする方法があるといいます。「トランプが壁をつくりたいなら、つくればいい。空まで届く壁をつくったとしても、乗り越えてやる」。

  米大手調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、14年時点で米国内に暮らすメキシコからの不法移民は560万人で、13年には約31万人が強制送還されました。メキシコ以外にも、ホンジュラスやエルサルバドルなどの人たちも米国を目指しています。中南米の人々が米国を目指す背景には、巨大な経済格差があるようです。

  「自由」を求め米国を目指しても、自由の国はもはや存在しないのです。筆者が留学をしていたアリゾナ州には、多くのメキシコ系移民がいました。休憩時間にはスペイン語で話す彼らの姿をよく目にし、移民の子達同士で集まる印象を受けました。1年の留学生活でその国の全てを理解することは不可能ですが、米国の歴史は自由を追い求めた人々の歴史でもあり、排除や分断、差別の歴史でもあるように感じました。

  「アメリカとメキシコとの国境に壁を!」と唱えるトランプ氏が、次期大統領に当選。しかし、壁はすでに存在していたのです。物理的にも、精神的にも。すでにそびえたつ柵が、さらに強化されないことを願います。「黄金の扉」も虚しく響く今、自由の女神は何を思っているでしょうか。

 

参考記事:

12日付 朝日新聞朝刊(大阪14版)8面(国際)「壁あれど 止まらぬ不法出国 メキシコ国境1000キロ超既設『それでも米国に』」