一、主無き犬、頃日は食物給させ申さず候やうに相聞こえ候。畢竟食物給させ候えば、その人の犬のやうに罷り成り、以後までむつかしき事と存じ、いたはり申さずと相聞こえ、不届きに候。向後左様これ無きやう相心得るべき事。
いったい何を言っているのでしょう。今の言葉に直せば、次のような意味です。
飼い主のいない犬について、日頃食べ物をやらないでいると耳にしている。つまるところ、食べ物をやれば、飼い犬のようになって厄介なことになると考え、労わらない、と聞く。これは道徳に反している。今後、このようなことがないよう心得よ。
「犬」と聞いて、ピンときた方もいるのではないでしょうか。そうです、江戸幕府5代将軍である徳川綱吉が出した、「生類憐みの令」です。「悪法」として有名ですが、法政大学の根崎光男教授は、著書『犬と鷹の江戸時代』(吉川弘文館)の中で新たな見方を示しています。戦乱が落ち着いた当時、文治国家の成立を目指した綱吉が、動物を大切にすることで幕府の権威を高めようとしたのだというのです。
さて現代。日本の自治体では、猫を対象にした通称「餌やり禁止条例」を制定しはじめています。犬と猫という違いはあれど、将軍様の命令も市町村の条例もどちらも動物愛護の精神を強調するものです。でも、その主張は正反対です。どこから違いが生まれるのでしょうか。
野良猫に餌をあげると、短期的には猫は助かるでしょう。しかし、その猫が子を産み、野良猫の数が増えてしまいます。結果として、飢えた猫が増えてしまうのです。この事態を避けるのが「餌やり禁止条例」です。「生類憐みの令」が短期的な視点なら、「餌やり禁止条例」は長期的な目で動物愛護を考えているのです。
増えてしまった猫も含め、ずっと世話しようとすると、莫大な費用と手間がかかります。世話する側にも寿命があります。「生類憐みの令」が理にかなったものとは言えません。だからといって、現にいる野良猫たちが飢え死にするのを黙ってみているというのも、厳しいものがあります。
双方の欠点を補う策として、筆者が属するサークルで取り組んでいるのが「地域猫活動」です。地域の住民の主導で、近隣の猫を「野良猫」ではなく「地域猫」として扱い、適切なやり方で終生飼い続ける活動のことです。餌やり活動を続けつつも、避妊去勢手術を施すことで野良猫の増加は防ぎます。近隣住民に迷惑がかからないように個体管理や糞尿の処理も行います。この活動により、長期的には野良猫の数が減らせるといわれています。
幸いなことに、この活動は「餌やり禁止条例」の規制から除外されていることが多いのですが、活動自体の認知度が低く、広がりが限られているため十分な効果が得られていません。また、「無責任な餌やり」と地域猫活動とが混同され、近隣とのトラブルにつながるケースもあります。
動物好きな方、「無責任な」餌やりをしてしまっている方、どうか地域猫活動に参加してください。動物が嫌いな方も活動を見守ってくださればと思います。地域猫活動が最良の回答だと言い切るつもりはありませんが、地域全体が生き物について考える意識を持てば、問題は解決できるはずです。
地域全体で、「以後までむつかしき事と存じながらも、いたはる」考えが広まることを願います。
参考:6月1日付 読売新聞 朝刊 13版 文化面 「動物利用 幕府権威高める」
和歌山県HP 「和歌山県動物の愛護及び管理に関する条例」
京都市HP 「『京都市動物による迷惑の防止に関する条例(仮称)』の制定に関する御質問について