日本将棋連盟が5日、2023年の獲得賞金・対局料ランキングを発表した。昨年10月に王座を獲得して藤井八冠が誕生したことは記憶に新しい。史上初の八冠になったことは賞金ランキングにも影響しており、1989年の統計以来過去最高の、「1億8634万円」で2年連続の1位となった。これまでは現会長である羽生善治九段の「1億6597万円」が最高額だった。
ベスト10の顔ぶれを見ると、何度も藤井八冠とタイトル戦で戦っている渡辺明九段、永瀬拓矢九段、豊島将之九段といった強豪がそれぞれ2位、3位、6位に名を連ねる。そして昨夏に棋聖戦と王位戦で熱い12番勝負をした佐々木大地七段、現在進んでいる王将戦の対戦者である菅井竜也八段、棋王戦の伊藤匠七段といった勢いのある棋士たちが、それぞれ8位、7位、10位と続く。個人的には会長職になって多忙を極めるはずの羽生九段が昨年のランク外から5位に浮上していることの方が驚きだ。
賞金ランキングからわかることは多く、これを詳細に読みとくだけでも1本の記事になりそうだが、今回は藤井八冠の「1億8634万円」という賞金が妥当な水準なのかを将棋オタクの筆者が勝手に考察してみたい。
<他のボードゲームと比べて>
・チェスとの比較
「FIDE World Cup」というチェスのワールドカップでは、日本チェス連盟によると2023年の大会の賞金総額は約3億6000万円とある。Newsポストセブンのネット記事には世界チェス選手権の賞金は約3億円とある。通常、この賞金を優勝者と準優勝者で60対40に分配するとあるので(状況によっては55対45になるなど多少の変動があるらしい)、同じ基準で考えると、1億5000万円から2億円強ということになる。トッププレイヤー同士のレベルで考えれば、将棋とチェスには大きな差はなさそうだ。
・囲碁との比較
囲碁は将棋と同じように日本棋院が賞金ランキングを出しているので、それを参考にしたい。1位の一力遼棋聖が約1億2000万円である。囲碁は将棋と違い1人がタイトルを独占する形になっていないので少し低く見えるが、1位の一力棋聖がその他のタイトルも保持すればチェスや将棋とも肩を並べるだろう。
なるほど、ボードゲームで比較すれば、将棋の2億円弱というのは極めて妥当に見える。
<他の競技と比べて>
最初に断っておくが、その他のスポーツと単純比較できるとは筆者も思っていない。そもそも使う能力も違えば、市場規模も異なるのだから。ただ、同じく才能のある人たちを他の業界ではどのくらい「お金」という物差しで評価しているのか、そこから見えることもあるはずだと考え比較してみよう。
・サッカーや野球
サッカーなら日本代表の三笘選手が5年契約で年俸7.5億円、世界まで拡張すればクリスティアーノ・ロナウド選手が389億円、野球ならドジャースの大谷選手は10年で総額1015億円と、桁違いの額を稼ぐトッププレイヤーが住む世界が野球やサッカーだ。
・ゴルフ
次はレジャー白書では楽しむ人の規模が500万人と、将棋と同じくらいのゴルフと比べてみたい。アース・モンダミンカップという大会を例にとれば、優勝賞金5400万円、賞金総額が3億円というビッグマネーが動く。1番稼ぐ女子の山下美夢有プロは年間2億円以上を得ている。最も賞金が多い読売新聞主催の竜王戦が優勝賞金4400万円なので、ゴルフの方が1000万円も賞金が多い。
サッカーや野球と比べるのはやりすぎだとしても、ゴルフと比べると将棋の方がやや少ないような気がしてしまう。また、藤井八冠達成時の経済効果は35億円という試算も出ており、これは大谷選手のプロ入団時の年間経済効果とほとんど変わらないという。こうしてその他の競技と並べてみたり、影響力を考えたりすると、もう少し賞金を増やしても良いだろうというのがとりあえずの結論として導けそうだ。
結局高いか安いかは個人の感覚次第という事になるだろうが、ネットを見ると「倍でも少ない」や「賞金額を上げないと棋士が不憫に思える」など、筆者の将棋好きバイアスを除いても、世間ではもう少し藤井八冠を評価しても良いという声が比較的大きい。
実際、藤井フィーバーと言われながら将棋人口は減少の一途を辿っている。確かに「観る将」は増えたが、「指す将」は結局減り続けてしまっている。ただ、野球やサッカーレベルでは実際にやらない人も見たり応援したりすることを考えれば、可能性がないと切り捨てるのは早すぎる。
子供大会や地方の将棋教室のニュースを見ても「好き」とか「憧れ」に焦点を当てがちだ。それは原動力だし、それなしには続かない。ただ、より多くの人が「凄さ」を判断するには、年収などといった明確な指標が欠かせない。
もちろん、プロ棋士たちも賞金だけを目当てに戦っているわけではない。将棋の真理を解き明かし、より良い棋譜を残すために日々研鑽している。ただ、彼らにも生活があり、研究用に良いパソコンを買うなどお金はいくらあっても困ることはない。さらに生涯現役でいる人も多いが、第一線で活躍できる時間は基本的に限られている。
「職業としてのプロ棋士」という理解がもう少し深まり、賞金額を引き上げ、スポンサーをもう少しつけることで、夢のある仕事だという受け止め方を広げたい。そうなれば将棋界を目指す子供たちも増えるだろうし、新たな才能の発掘の可能性も広がる。
事業として持続的に発展させていくために、各タイトルを主催する新聞社も伝統を守る部分は守りながらも、趣向をこらして現代風のアレンジやエンタメ性を前面に出す段階にきているのではないだろうか。
参考記事:
5日付 日経電子版 「藤井八冠、過去最高1.8億円 23年将棋賞金ランキング」
藤井聡太八冠、過去最高1.8億円 23年将棋賞金ランキング – 日本経済新聞 (nikkei.com)
5日付 朝日新聞デジタル 「藤井聡太八冠が「史上最高額」で1位 2023年将棋賞金・対局料」
藤井聡太八冠が「史上最高額」で1位 2023年の将棋賞金・対局料:朝日新聞デジタル (asahi.com)
5日付 読売新聞オンライン 「藤井聡太竜王の賞金、羽生善治九段上回る過去最高1億8634万円…2位の4倍」
藤井聡太竜王の賞金、羽生善治九段上回る過去最高1億8634万円…2位の4倍 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
2023年7月5日 産経ニュース 「藤井聡太棋聖が8冠達成なら経済効果は35億円 関西大の宮本名誉教授が試算」
藤井聡太棋聖が8冠達成なら経済効果は35億円 関西大の宮本名誉教授が試算 – 産経ニュース (sankei.com)
参考資料:
日本将棋連盟 「2023年獲得賞金・対局料ベスト10」
2023年獲得賞金・対局料ベスト10|将棋ニュース|日本将棋連盟 (shogi.or.jp)
日本棋院 「2023年賞金ランキングが決定」
2023年賞金ランキングが決定 | お知らせ | 囲碁の日本棋院 (nihonkiin.or.jp)
JLPGA 「年間獲得賞金」
日本チェス連盟 「FIDE World Cup 日本代表応援特設ページ」