明日から2024年。今年は侍ジャパンのWBC優勝やジャニーズの性加害問題、12月には政界の裏金問題と多くのニュースが世間を騒がせました。その中でも、東京・上野にある国立科学博物館が実施したクラウドファンディングは、幼いころからよく訪れていた筆者にとっては、とても印象的でした。
科博の「地球の宝を守れ」プロジェクトでは、開始9時間で目標金額の1億円を達成し、最終的には約5万7000人から、9億2000万円もの支援金が集まりました。規模が大きく、伝統のある国立科学博物館であれば、多くの支援が寄せられるのも納得ですが、そもそもクラウドファンディング(クラファン)とは、何らかのプロジェクトに対して資金調達を募るものです。そのため、主催者はベンチャー企業や個人など、規模が小さい方が主流です。また、クラファンサービスを提供するCAMPFIREによれば、プロジェクトの目標達成率は4~6割とあまり高くはありません。
22年の12月に、クラファンで資金を募ったという同じ中央大生、山本悠雅さんに話を聞きました。
22年の秋からイギリスのサセックス大学に留学していた山本さん。向こうでの学生生活が落ち着いた後、23年1月1日からポルトガルのリスボンをスタート地点に、一か月かけてヨーロッパの横断を計画。そこでの体験などを記した紀行文を書籍化するプロジェクトを考えたといいます。目標金額は、交通費、宿泊費、製本代などを合わせて、30万円。当初は自己資金のみをこの横断旅に充てる予定でしたが、ウクライナとロシアの戦争による円安ポンド高が影響し、クラファンを決めたと言います。
返礼品でもある書籍はマルコポーロの『東方見聞録』になぞらえ、『西方見聞録』というタイトルが付されています。サセックス大学での学びや、学問におけるオリエンタリズムへの批判を込めて、「じゃあ、東洋から西洋を俯瞰したらどう見えるのか」という視点で書かれています。
留学先の大学では、開発学を学んでおり、平和構築や紛争解決に関心があったと言います。「紛争」というと、アフリカの国境を巡る民族紛争などが思い起こされがちですが、ヨーロッパにおいても、民族構成とその地理的な分布が複雑でモザイクのように入り組んだ旧ユーゴスラヴィア諸国を中心とするバルカン地域があります。その中でも、山本さんは、特にモザイク国家*1の代表格として知られるボスニアヘルツェゴビナに訪れたことがとても印象的であった、と語っていました。東欧における民族問題の当事者である国々を巡ることで、「民族や国家とか何なのか」を考えたかったと言います。
また、生まれ育った北海道の利尻島での経験が、今回の旅の根底にあるとも語ってくれました。本州から海を2つも隔てた利尻島の暮らしでは、学校で習う日本の歴史があまり身近に感じられず、しばしば言われる「日本は単一民族国家だ」というような考え方にもずっと違和感があったそうです。そういった経験が、「国家」が持つ虚構性や民族について関心を持つきっかけや本を書く動機としてあったと言います。
最終的に、このヨーロッパ横断旅、そして『西方見聞録』の執筆のためのクラファンは、目標金額に達しました。ですが、はじめに思い描いたようには支援は集まらず、なかだるみ期間もあったと言います。「もう30万円、集まらないな」と思ったこともありましたが、期限の10日まえほどに、故郷の利尻島にいる父親のおかげで、村役場や島民の人達からの支援が集まり、目標に到達することができました。不特定多数の人に自分の考えを知ってもらいたいという想いがあったと言いますが、友人知人からの支援が大半を占め、利尻島、札幌の高校時代、東京での大学生活、イギリスで出会いなど、これまでの人生での人との繋がりのありがたみを感じるプロジェクトとなったそうです。
来年からは、大学院に進学し、今後も学び続けるそう。返礼品として、この12月に『西方見聞録(上)』を自費出版しましたが、今回の分では書ききることはできなかったため、あと2年かけて、(中)と(下)を出したいと言っていました。「執筆経験もなく、文体もぐちゃぐちゃな部分があるが、BeReal *2だと思って、それも楽しんでほしい」ということです。
山本悠雅さんの『西方見聞録(上)』は、支援者限定ではなく、現在Amazonで購入できます。
*1モザイク国家…さまざまな人種、民族、宗教を持つ集団が入り混じって融け合わない状態の国。
*2 BeReal…ユーザーが「今、何をしている」を写真に撮って投稿するSNS。通知が来たタイミングで撮影するため、キラキラした投稿が難しい。
参考サイト:
CAMPFIRE、「小さな島出身のマルコ・ポーロに!現代の『西方見聞録』執筆に挑戦【ヨーロッパ横断】」
Amazon、「西方見聞録(上)」
国立科学博物館、「クラウドファンディングの成果ご報告」