ウクライナ侵攻とクラシック音楽

ロシアによるウクライナへの侵攻は、世界中に大きな影響を与えています。従来の国際秩序は再構築を迫られ、食料やエネルギー価格の高騰は私たちの生活を直撃しました。

クラシック音楽も例外ではありません。

ウクライナ侵攻は、音楽と政治との密接な関係を改めて明らかにしました。政治とどのように付き合うべきか、難しい問いが音楽界に突きつけられています。

○「戦時下」のコンクール

先月19日から今月1日にかけて、ロシアで第17回チャイコフスキー国際コンクールが開催されました。1958年創設の由緒あるコンクールで、歴代の優勝者には、ウラディーミル・アシュケナージ氏や諏訪内晶子氏など大物が名を連ねています。ただ、政治色も強いイベントで、ロシア文化を世界に誇示する側面を持っています。

この歴史あるコンクールもまた、侵攻の影響を受けています。「戦時下」に開かれた今回は、前回2019年に比べ、欧米からの参加者が激減した一方、中国からの参加者が大幅に増えました。侵攻を受け、欧米を中心に参加を見送った演奏家が多くいるようです。

侵攻によって未来ある若手演奏家の活躍の場が奪われたといえるでしょう。

○ロシア人演奏家の排除

侵攻開始後の昨年3月、ロシアの著名な指揮者であるワレリー・ゲルギエフ氏は、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者の地位を追われました。同氏は、プーチン大統領と近しいことで知られており、侵攻に対して明確に反対しなかったためです。その他にも、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのニューヨーク公演から降板になるなど、彼は欧米の楽壇から締め出されてしまいました。

同様の事態は、欧米を中心に各地で起きています。

筆者は、ゲルギエフ氏の公演を生で2回鑑賞したことがあります。最も思い入れのある指揮者の一人であっただけに、解任のニュースには衝撃を受けました。それと同時に彼の演奏を今後も聞き続けてよいのだろうかと悩みました。

結局、今でも彼のCDを聞き続けています。自分の音楽の好みが、政治的な動きに左右されることに違和感を覚えたからです。しかし、ウクライナでの惨劇をニュースで目にすると、本当にこれで良いのかと複雑な気持ちになります。

○日本での影響

侵攻の影響は日本にも及んでいます。

侵攻開始後、国内外のオーケストラで、チャイコフスキー作曲の大序曲「1812年」の演奏を自粛する動きが相次ぎました。この曲はナポレオンによるロシア遠征をロシア軍が撃退する様子を表した楽曲で、ロシア軍による侵攻が続く状況下での演奏はふさわしくないと考えられたためです。筆者の所属するオーケストラでも、ウクライナ侵攻を理由に演奏会の候補曲から除外されました。

作品自体に罪はないだけに、演奏機会が失われてしまったことは残念でなりません。

 

音楽と政治は本来切り離して考えるべきでしょう。しかし、侵攻によって明らかになった、両者の密接な関係を目の当たりにすると、この主張は空虚なものに感じられてしまいます。音楽と政治の関係はどうあるべきか、クラシック界はこの問いに真剣に向き合う必要に迫られています。

 

参考記事:

7月2日付 朝日新聞朝刊3面「(日曜に想う)コンクールが映したロシアの今 編集委員・吉田純子」

6月24日付 朝日新聞朝刊2面「(時時刻刻)コンクール、威信回復狙うロシア 「チャイコフスキー国際」、23カ国から236人」

6月18日付 日本経済新聞朝刊6面「19日 チャイコフスキーコンクール開幕―ロシア制裁で揺らぐ「権威」(NewsForecast)」

2022年3月27日付 日本経済新聞朝刊12面「NIKKEITheSTYLE―政治プロパガンダの甘美な調べ(文化時評)」

2022年3月16日付 毎日新聞朝刊(東京)3面「クローズアップ:ウクライナ侵攻 芸術家、深まる分断 露出身者、公演キャンセル相次ぐ」

2022年3月11日付 朝日新聞朝刊30面「ロシアの音楽家、政治とのはざまで 指揮者・ゲルギエフ氏、国外の職を続々降板」

2022年2月21日付 読売新聞朝刊(東京)13面「[ウクライナからの問い](4)文化は排除すべきなのか?」