SEKAI HOTEL 布施 「街まるごとホテル」とは 

「婦人服 キヨシマ」

土曜午後7時半、東大阪市。昭和な香り漂うレトロな字体の看板の下に、こぢんまりと佇むカフェのような空間。シックな照明が談笑するお客さんを照らしていました。知らないと通り過ぎてしまうほど街に溶け込んでいるこの場所は、「SEKAI HOTEL 布施」のフロントです。

タブレットの指示通りにチェックインを済ませた後に渡されたのは、人間味溢れる布施のウォーキングマップ。「しげ美:布施一渋いお好み焼き屋さん。お母さんが目の前で焼いてくれます」「ちょいのみ:大将の人情深さが染みる!初めての方もぜひ!」――今夜はどこで腹ごしらえをしようか。どんな人に会うんだろうか。あれこれと考えていると、もう一つ、水色のパスポートを渡されました。「マップに書いてある連携店でこれを見せれば、常連気分を味わえます」よく見ると、ドリンク一杯目サービスとか、SEKAI HOTEL限定パックとか、お得に楽しめると書いてあります。

▲フロントの様子。かつて閉店した店舗の看板は、あえて残してあるそう。

▲パスポートとウォーキングマップ。

ではお部屋をご案内しますね、とスタッフのお姉さんはお外へ。階上にあると思い、少し面食らった私に「もう使われなくなってしまったお店をリノベーションしているので、客室は街のあちこちに散らばっているんです」と教えてくれました。コンセプトの「街まるごとホテル」に合点がいきました。

パスポートに書かれた暗証番号を入力して、簡単に入室。カプセルホテルよりゆったりとした快適なドミトリー。ふかふかのソファー、冷蔵庫、お湯ポットが用意された共用のリビング。清潔感漂う洗面所。「店舗改装の5000円の宿」と高を括っていたけれど、驚くほど綺麗でした。

重いリュックを下ろし、新調のカメラを首に下げて街に出かけると、思わず足を止めシャッターを切りたくなる景色があちらこちらに。狭い路地に灯る居酒屋の提灯と電飾看板。年季の入った、愛らしい字体の看板たち。タイル敷のアーケードを颯爽と自転車で走り抜ける人々。

回転寿司発祥のお店という「元禄寿司」では、好きなお寿司をもりもり食べながら、隣合わせた82歳の元気なおじいさんとあれこれ話しました。

僕は自営業やってたんだよ、婦人服のデザイナー。最初は学校通いながらで大変だったけど、面白かったよ。長崎から出てきて、26から始めて70までやって、5000万円貯めて、もう生きていけると思って辞めたんだ。今は毎日卓球三昧。楽しいよ!

物腰柔らかいけれどボケを逃さずしっかり突っ込んでくれる、大学生の店員さんに声をかけられて、炭焼酒場「翔」の暖簾もくぐりました。ビール片手に苦手なはずのレバーをペロリ。うちは半生だからね、美味しいでしょ。一見強面な店長さん、とってもチャーミングな笑顔を見せてくれました。

▲レバーの串焼き。炭焼酒場「翔」にて。  

一番楽しみにしていたのは、街のお風呂屋「戎湯」。コーヒー牛乳が瓶で売っていて、「生きているだけでまるもうけ」「毎日おかげさん」「なんくるないさ、でいこうじゃないか」「綺麗の秘訣は…」なんて言葉が手書きでびっしりと壁に貼ってある、昔ながらの銭湯です。シャンプーもリンスも置いていないことを知らずに入ると、毎日通っているというお母さんが貸してくれました。遠慮がちに使うと「かまへんかまへん、気遣わんで!これちゃんと美容院で買ってるやつやからええやつよ!全部ちゃんと使って!」とドバドバと手元に出してくれました。

お姉ちゃん23?ええねえ…結婚は焦らんでええよ。私は36に結婚して2人産んだの。ええ人見つけなさいね。お姉ちゃんだったら絶対見つかるからね。うちの息子もやりたいことやってるけど、たまには親御さんにも顔見せたってね。絶対喜ぶからね。今日はええ人に会えたわあ、楽しんでってね!湯船に浸かりながら優しく溌剌と話す姿は、とても70には思えないほど若々しく見えました。

▲SEKAI HOTELの大浴場として紹介された「戎湯」。1958年から地元民に愛され続ける。近所の工場で出る廃材を薪にして湯を沸かす。ドライヤーは10円玉2つで動くので、お忘れなく。

布施の人々の暖かさにほっこりとした気持ちで部屋に戻り、リビングでアイスを食べていると、横浜から来た同じくひとり旅の大学生と出会いました。どんなふうに生きてきたのか、どんな哲学を持っているのか。そんな話を聞いていたら、あっという間に時計は2時を回っていました。旅人同士が仲良くなれるのも、こういった宿泊施設の醍醐味です。

せっかくの旅、たくさんの人と触れ合いたい。そう思う私にとっては大満足の夜になりました。「旅先の日常に飛び込もう」というキャッチフレーズに惹かれて訪れましたが、同じコンセプトのホテルを富山の高岡にも展開しているようです。スタッフの方に聞くと、「こんなにも素敵な街が寂れていくのは勿体無い」という思いから立ち上がったのだとか。持続可能な地域コミュニティを作ることが目標で、そのデータを公開することで、まちづくりの参考にしてもらうことを目指しているそうです。公式サイトからは、その成果を見ることができます。

手元のスマホで簡単に、似通った気の合う人と繋がれる時代だけれども、だからこそ、旅先でたまたま隣合わせた誰かとのつながりの暖かさに触れたい。今SEKAI HOTELが注目されるのは、現代人がそんな気持ちをどこかで持っているからなのかもしれません。布施の方々に会うために、また訪れようと思います。