観光客増加、光と影

政府が水際対策を大幅に緩和してから半年。日本を訪れる外国人数は急速な回復を続けています。3月には中国向けの規制も緩められ、さらなる増加が予想されています。大きな経済効果をもたらすインバウンドは、日本にとって重要な存在となっています。

私は大学進学を機に京都市に移住しました。言わずと知れた日本を代表する観光都市です。そこで暮らす筆者にとって、観光客の増加は手放しで喜べることではありません。

その理由は、「観光公害」です。「オーバーツーリズム」とも言われています。「観光地で暮らす」とはどんなことなのか。日々思い知らされています。

筆者は大学までバスで通学しています。普段利用する路線は、海外にも知られている多くの名所を経由します。そのため、車内はいつもすし詰め状態で、大幅な遅延が当たり前になっています。毎朝、大学に着くころには疲れ果ててしまうほどです。遅れを見越して早めのバスに乗っても、到着はギリギリ。遅刻してしまう日も少なくありません。最近は予定の30分以上前に大学に着くように心がけています。それでも、余裕が十分にあるわけではありません。

コロナ禍で神社仏閣は静寂を取り戻していました。ゆるやかに時が流れる境内にいると、悠久の歴史を感じることができます。当初は疲れた時に近所のお寺に立ち寄り、ゆったりとすることでリフレッシュしていました。そんな暮らしも今は昔。最近はどこも人で溢れ返り、人の少ない神社やお寺を探すのに苦労しています。

観光客に対して「京都に来るな」と言っているわけではありません。決して「百害あって一利なし」ではないからです。大きな経済効果をもたらし、我々が気付いていなかった京都の魅力を教えてくれる大切な存在です。多少の混雑ならばまだしも、日常の生活が脅かされる「観光公害」となると、無視できない問題です。

京都が世界から訪問客を引き付けるのは、歴史的な寺社、古風な街並み、西陣織や和菓子などの伝統文化が所狭しに散りばめられた日本の伝統・文化の集積地であるからだと考えています。

しかし、そんな古都を支えてきた町屋は年々減少しています。少々古い調査資料にはなりますが、平成28年度に京都市が実施した「京町家まちづくり調査に係る追跡調査」では、平成20・21年度には4万7735軒あったのが、4万146軒に減少していることが確認されています。年間800軒も減少しているということは、計算上1日に2軒ずつの町屋が消えていることになります。内外から観光客が殺到することで市内の不動産のニーズは膨らみ、再開発により町屋がひっそりと消えていくのです。

町屋跡へのホテルの乱立やあちらこちらにある迷惑行為への注意看板、目が回るほどの人混みは、景観を損ねているだけでなく、京都の持続可能性まで奪っていないでしょうか。住民にとっても、観光客にとっても、永続的な価値がある京都であるために、長期的な視点からの観光政策が求められていると考えます。

オランダのアムステルダムでは、観光客数の過度な増加を抑えるための対策を講じています。「総量規制」として、民泊の営業日数の上限を設定しました。さらに市の中心部での民泊を全面禁止しただけでなく、中心部でのホテルの新規建設も禁止しています。

観光公害への対策は国内でも見られます。熊本県小国町では、町の名所「鍋ヶ滝」を訪れるための事前予約システムを導入し、大型連休での付近の渋滞を緩和することに成功しています。

こうした規制は一長一短です。観光客が遠のけば地域の経済、産業が危機にさらされてしまいます。一方で、観光客のもたらす様々な悪影響も無視できません。そんなジレンマを抱えている現在の京都では、難しい舵取りが迫られています。しかし、行政が速やかな観光公害対策を講じなければ、手遅れになりかねません。そう思いながら、今日もすし詰め状態のバスに揺られています。

 

参考記事

2023年4月13日付 読売新聞朝刊 訪日客は急速に回復…水際緩和半年、宿泊業の8割「人手不足」[スキャナー]訪日客は急速に回復…水際緩和半年、宿泊業の8割「人手不足」 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

2022年10月13日付 読売新聞オンライン 世界の持続可能な観光地 小国町「100選」に

熊本:世界の持続可能な観光地 小国町「100選」に:地域ニュース : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

 

参考資料

京都市

1.京町家を保全・継承するために –京町家を未来へ (kyoto.lg.jp)

東洋経済新報

バルセロナが「観光客削減」に踏み切る事情 | ヨーロッパ | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)

京都が「観光公害」を克服するための具体的方策 | レジャー・観光・ホテル | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース (toyokeizai.net)

 

画像引用元

日本経済新聞「観光公害」対応策を共有へ G20会合で議論(2019年10月26日)

「観光公害」対応策を共有へ G20会合で議論 – 日本経済新聞 (nikkei.com)