食事、それは生きること 食卓を囲んで災害時の話を

最近AmazonのPrime Videoで、過去に放送されたNHKのドラマ10を観るのにハマっている。その中でも特に面白かったのが、食をテーマに主人公が生き方を見直していく『ランチのアッコちゃん』という作品だ。

そこに登場する看護師がこんなセリフを言っていた。

「知ってる?1人でご飯を食べるよりはね、誰かと一緒に食事をした方が長生きするんだよ。まず、おかずが増えるでしょ、そうすると温かい汁物も一緒に取るようになるから消化が良くなるの。会話もするからゆっくり食べるようになるし、ゆっくり食べるっていることは食べすぎも防げるの。」

筆者は実家暮らしで、ありがたいことに朝昼晩の食事は用意してもらえるので困ることはない。母はいつも「作るのが大変」と愚痴をこぼしながらも、いわゆる一汁三菜になるように工夫してくれる。アルバイトで帰りが遅くなっても食事を作って待っていてくれ、食べないのに横に座って筆者の食べる姿を見ながら、「今日のバイトはどうだった?」と話しかけてくれる。

そうか、食事は誰かを想うということなんだ。そして何より食べるということは、生きるということそのものだとわかった。ありがたいとわかっていながらも、何気なく、そして当たり前のように食事をしていたが、このドラマを観てからきちんと感謝しないといけないと改めて感じさせられた。

 

海沿いに引っ越してから、津波のリスクを考えて家族で災害時の話をする機会が増えた。いざという時はどこに集合するか。食べ物以外ではどんなものを準備すると良いか。猫も一緒に避難できない場合はどうするか。

この話は決まって全員が集まる晩ご飯の時。定期的に決まりきったことを再確認することに特別な意義は感じていなかったが、いざという時に「どうやって生きるか」を、「生きることそのもの」である食事をしながら話し合う。きっとここには「食事」の本質があると思う。

 

もうすぐ東日本大震災から12年。忘れるまいと思いながらも、どうしても人間は昔のことをだんだんと忘れていってしまう。この機会に食卓を囲みながら、災害時の時にどうするかという話をしてみてはどうだろうか。大切な人を想いながら。

 

参考記事:

5日付 朝日新聞朝刊 24面 「食べる 生きる ここで」