筆者は今、公衆浴場で湯船に浸かっている。コロナ対策だろうか、換気のために窓は3cmほど開いていて、外からは時折、トラックがバックするときの警告音が聞こえる。
ここは、佐賀県鳥栖市の鳥栖トラックステーションである。60台ほどの大型トラックが駐車できるスペースがあり、2階建ての建物の中にはレストランやコインランドリー、パチンコ台などがあって、トラックドライバーが休憩できるようになっている。
旅好きの筆者は最近、新しい旅行の形を模索している。日本にはさまざまな移動手段があるが、乗りすぎてちょっと飽きてしまった。そんな中でふと思いついたのがヒッチハイクだ。トラックに乗せてもらえれば、少ない費用で日本中を旅行できるし、普段接点のないドライバーの方々と話せる。絶対おもしろい。
起点は九州の交通の要所、佐賀県の鳥栖にした。高速道路のジャンクションがあり、九州各地に行く際の分岐点となる。ジャンクション近くのこのトラックステーションには多くのドライバーが集う。そこで、インターチェンジの出口からトラックステーションの間の道の脇でやってみた。敷地に入る前の減速したトラックに向かって紙を掲げれば、こちらに気づいてくれるのではないだろうか。
うまくいった。「珍しかね~」と話しかけてくれたおじさんは、久留米まで乗せて行ってくれると言った。ただ、距離にしてわずか10㎞。好意はありがたかったが、私は遠くを目指した。しかし、その後は2時間、一向に反応がなかった。天候が崩れてきたので、この日は断念することに決めた。
とりあえず鳥栖トラックステーションで一息。ここにはドライバーが汗を流せるように温浴施設があり、一般の人も利用できる。2階に仮眠室とお風呂。よく見ると男湯しかない。業界の性別の偏りを象徴している。
大浴場の中には50代の男性が一人。ヒッチハイクの情報を聞きたいと思ったが、話しかけづらい。浴槽のお湯は蛇口をひねって出す形で、「お湯足してもよかですか?」と向こうから話しかけてくれたことをきっかけに、いろいろ業界のことを教えてもらった。
まず、ヒッチハイクに応じるドライバーが少ないことについて。会社の運行規則で「相乗りは禁止」が定められているケースもあるが、それだけでなく、昨今多く発生している公共交通機関やタクシーでの殺傷事件がドライバーたちに与える影響は大きいと教えてくれた。私はヒッチハイクをする前、自分の身をいかに守るかについては考えていたが、それは乗せる側も同様で、ハンドルを握り簡単に身動きが取れない側が抱く不安も当然あると分かった。
トラックドライバーと言えば、過酷な労働環境のイメージがある。実際、マスコミはそれをよく報じる。「納期までの時間がぎりぎりに設定されているケースが多くて大変と聞いたのですが」と尋ねると、「そういう荷主の時もあるけど、時間がある時もけっこうある。寄り道して温泉行くこともあるよ」との答え。私が静岡県出身であると伝えると、県内の温泉地や水が美味しい名所をたくさん挙げてくれた。余裕がある時は、東名高速や新東名を一旦おりて温泉にゆっくり浸かるらしい。福岡に来てから、こんなに静岡に詳しい人に出会ったのは初めてだったので少し驚いた。
「好きな時に寝て、好きな時に飯を食うこの生活、悪くないよ」とおじさん。2週間に1回ほどしか自宅には帰れないらしいが、マイペースな自分には合っていると言った。
ただ、鳥栖トラックステーションに停車中のトラックの中には、ハンドルの上に足を乗せ、非常にぐったりした様子で寝ているドライバーも多くおり、運送会社によって労働環境はまちまちのように感じられた。
「それじゃ、お元気で」。20分近く語ってくれた割には意外とあっさりとした別れ方で、ちょっと驚いた。でも、人それぞれ理想的な距離感は違うのかもしれない。今回の「ヒッチハイクチャレンジ」を通して4人のドライバーの方と話す機会があったが、どの方も控えめで、あまり自分のことを話そうとしないのが印象的だった。
トラックドライバーという仕事に対してのイメージは人それぞれだが、この職業が気に入っている人がいることを忘れてはいけない。一人の時間を大切にしたい人にとっては魅力的な仕事なのだと分かった。
ただ一方で、業界には過酷な労働環境の問題も存在する。報道では、解決にはまずは現場が集団で声を上げることが大切といったことがよく言われるが、どれだけ現実的な要求なのだろうか。基本的に一人の時間が多く、仲間の間でも顔が見える関係が他業種よりも少ないだけに、団結がどれくらい期待できるかは不透明なように思う。