今日10月10日はノーベル経済学賞の発表日。今年はアメリカの中央銀行にあたるFRB議長を務めたベン・バーナンキ氏など3人が受賞しました。
年に一度の特別な日だからこそ、一度考えたい人物がいます。ジョン・ナッシュ(1928―2015)の名前を皆さんは聞いたことがありますか。アカデミー賞4冠作の「A Beautiful Mind」のモデルとなった人物のため知っている人も多いかもしれません。彼は、1994年にノーベル経済学賞を受賞した数学者です。
カーネギー工科大学に奨学生として入学。プリンストン大学院時代にのちの経済学賞にもつながるナッシュ均衡と呼ばれる理論を研究。その後はマサチューセッツ工科大学(MIT)やランド研究所で研究に取り組み、58年に妻であるアリシアが妊娠したタイミングでマサチューセッツ工科大学の終身教授となった。60年代からはプリンストン大学近郊で数学の研究を行う。
さて、皆さんはここまで彼の紹介を読みながらどう思いましたか。才能のある人物、公私ともに幸せ・・でしょうか。
では、ここからはナッシュの説明の隙間を埋めていきます。妻アリシアと結婚して一年ほど経った頃から彼には妄想などの異常な行動が見られ始め、59年に統合失調症の診断を下されます。彼はMITの教授を辞職し、一年の放浪の旅を終えてプリンストン大学近郊に戻りました。この頃が最も幻覚、妄想の症状が強かったといいますが、数学の研究は続けました。63年にはアリシアと離婚しますが、70年代にアリシアが同居の形で彼を引き取っています。この頃から症状が快方に向かい、80年に入ると軽快します。ナッシュと再婚した妻のアリシアはメンタルヘルスケアの擁護活動をアメリカ全土で取り組みました。
今日は、ノーベル経済学賞の発表日であると同時に、世界メンタルヘルスデーでもあります。だからこそ、彼を取り上げたかった。切り取り方、見る角度を変えただけで全く別の人物に映った人もいるかもしれません。ですが、どちらも「ジョン・ナッシュ」です。
メンタルヘルスを患う人に接する際、「人と比べてできない点」に過度に目を向けることはないでしょうか。
例えば、筆者の身内はパニック障害を患っているため電車に一人で乗ることができません。乗車する際は筆者が付き添っています。この姿を「子離れできていない」「甘え」と捉えられる点にももどかしさを感じますが、更に苦しさを感じるのが「ポジティブな面を見せるだけで誤解される」ところです。
一人で電車に乗る際に呼吸が乱れる、人が多いところに行き辛い、トンネルなど逃げられない感覚の場所へ行くと呼吸が乱れる、この点を理解してもらった先にさらなる難所があります。自転車で買い物に出かけられる、近所でパートをしている、そのような「日常を送れている」姿を見ることで「やっぱり甘えでは」という反応も出かねないのです。
ナッシュも統合失調症に苦しみながらも少しずつ研究を進めていた痕跡があります。普段の暮らしと症状は地続きの状態。最低限の日常に精神の疾患が内包されているとイメージできるかもしれません。できること、可能なこともある。しかし、困難を抱えている。こういった感覚で考えて貰えず、ただ「精神疾患を患っている人」というカテゴリーに括ることが偏見に繋がってる面があると思います。
テニスの大坂なおみ選手が記者会見拒否でバッシングされたことは、メンタルヘルス患者への社会の偏見が如実に表れた一例です。鬱を公表した大坂なおみ選手は会見を拒否し、攻撃的ともとれる強い態度を示しました。その際にはSNSで誹謗中傷が届き「うつ病の人はあんなに攻撃的じゃないだろ」といった趣旨の発言がニュースのリプライについていたことを覚えています。
過剰にしおらしく振舞わないないといけない精神病の「イメージ」に違和感を持ちました。これは、元ジャニーズの岩橋玄樹さんがパニック障害で休業していた際、バーにいた姿が目撃されただけで「酒は飲めるのか」というヤフーコメントが飛び交ったことにも通じるものがあります。
厚生労働省のHPによると、精神疾患の患者数は平成29年時点で430万人、生涯を通じて病気になる人は5人に1人と言われています。精神を患っている人という思い込みに捉われない見方が、身近な人に困難が訪れた時に支える力になるかもしれません。
【参考記事】
2022年10月8日付 朝日新聞デジタル「精神疾患、焦る必要はない 4度のうつ病経験、精神科医・岡本浩之さん」
2022年10月10日付 日経新聞デジタル版 「ノーベル賞・バーナンキ氏、『恐慌マニア』政策に生かす」
【参考資料】
ビューティフル・マインド
厚生労働省HP
厚生労働省世界メンタルヘルスデー特別サイト
NHKノーベル賞特設サイト