今日10月8日はそばの日です。東京都麺類生活衛生同業組合が制定した記念日で、十が「そ」、八が「ば」を意味しています。10月は秋そばが収穫され始める時期で、収穫がおわる12月まで、一年で最も美味しい蕎麦が食卓を彩ります。
筆者が暮らす東京都は、蕎麦屋の店舗数が2000を超える日本一の激戦区です。リーズナブルで庶民的な立ち食いから、歴史が古く格調高い江戸前三大蕎麦まで多種多様な店が存在します。
後者は「藪」「砂場」「更科」の3つからなります。一般に、「藪」は麺が太く水分を多く含んでいるため、「生がえし」という辛いかえしを使います。かえしというのは、しょうゆ、砂糖、みりんから作る原液のようなもので、これに出汁を加えることでそばつゆが出来上がります。かえしに使う醤油を加熱するか否かで、つゆにおける醤油の風味の濃淡が変わります。藪そばで使う生がえしは加熱せずつかうため、風味が強く醤油の存在をはっきり感じられるつゆになります。一方、砂場はもともと出前が主流で水分をよく切っていました。更科は麺が細いため、比較的マイルドな「本がえし」が用いられます。
実際に食べてみると、たしかに藪のつゆは辛く、砂場更科は甘い。原材料は殆ど変わらないのに、これほど味が変わることに興味をそそられます。三大そばの違いはこれ以外にも多く存在します。また、同じ屋号でも店によって特色があります。食欲の秋、蕎麦屋に通い、お気に入りの店を探すのも楽しいかもしれません。
薮そば 薄緑色の麺と味の濃いそばつゆが特徴。蕎麦通がいう「つゆに半分だけつける」スタイルは、藪のつゆが濃いことが由来 筆者撮影
砂場そば 名前の由来は、大阪にある。大阪城築城・修復時に使われた砂場のそばにあった蕎麦屋が俗称として砂場そばと呼ばれたことが由来 筆者撮影
更科そば 麺が白いのは、そばの実を挽いた際に最初に出てくるそばの実の中心部分の白いそば粉(さらしな粉)のみを使用しているため 筆者撮影
さて、筆者はうどん県で知られる、香川県出身です。県内のうどん屋は毎年かなりの勢いで減っているものの、未だ550程度の店舗数があります。それに対し、蕎麦屋は悲惨です。県全体で80店程度と全国でワースト4位となっています。18年住んでいましたが、記憶にある店は片手に収まる程度。それも、立ち食いのような価格帯の低い店ではなく、一食千円を超えるような高級店です。安くて気軽に食べられる店は、讃岐うどんに淘汰されてしまうのでしょう。香川ではほとんど見かけません。
そんな状況に、少数派とは言え一定数いる香川在住の「蕎麦派」は嘆きを隠せません。香川県民俗学会理事の冨田紀久子さん(78)は、「香川の隠れ蕎麦派」。著書には、久しぶりに香川でそばを食べたときの感動を「言葉にならない歓びがじわ~つ」と表現しています。そんな冨田さんに、蕎麦愛好家としての苦悩を伺いました。
冨田さんは、学生時代に上京したことでそばに出会ったそうです。以来、うどんよりもカロリーが低く、太らないという理由から香川にUターンした後もそば愛好家としての生き方は変わりません。郷土史の研究で躓いたときはそばの暖かさに励まされています。しかし、冨田さんの舌を満足させるような店は県内にはあまりないのだとか。普段いく店は、住んでいる高松市から車で1時間、まんのう町にある「田舎そば 川原」。山間にぽつんと佇む、知る人ぞ知る名店です。そば愛好家の県民が密かに集うスポットとなっています。しかし御年78歳の冨田さんにとって片道1時間の車旅は気軽に行けるものではありません。81歳のご主人がハンドルを握るのですが、免許返納が叫ばれている時代です。川原に来られるのもこれが最後かもしれない、訪れるたびにそんな思いでそばを食べています。「高松にももっと美味しい店があればなあ」。 現在は、高松市にある「美味しい」そば処を探求中です。
「田舎そば 川原」は二年前からyoutuberとしても活躍しています。香川県の食文化や、おいしく簡単なレシピを紹介しています。筆者も自炊の際は大変参考にしていますので、ご興味があれば確認してみてください。
日本全国で大衆食として親しまれている蕎麦ですが、昨今の原油や食材の継続的な価格の高騰の煽りを受けています。全国に127店舗を構える立ち食いそばチェーン「富士そば」は今年6月より1玉あたり20円の値上げをしました。また、10月4日の読売新聞オンラインの記事では、手の打ちようがないと頭を抱えるそば処の代表が紹介されています。今日はそばの日、困っているそば関係者を思い、少し奮発しておそばを食べに行こうと思います。
参考記事
読売新聞オンライン 「老舗そば処が苦渋の値上げ、原材料や洗剤まで価格上昇…「創業以来最大の試練」[値段の真相]<1>」
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20221004-OYT1T50010/
読売新聞オンライン「一面にソバの白い花、収穫はもうすぐ」
https://www.yomiuri.co.jp/national/20220909-OYT1T50274/
朝日新聞デジタル 「ハンバーガーへの支出額1位は「うどん県」の高松市 なぜ?」
https://digital.asahi.com/articles/ASPDX65WNPDKPTLC01B.html
参考資料
富田紀久子 『借耕牛探訪記』
都道府県統計とランキングで見る県民性