夜ご飯は何にしよう? 盤面以外のことを考える長考中の棋士

静岡県牧之原市で王位戦第5局が戦われている。前期に続き豊島九段が挑戦しており、挑戦者が昨年の雪辱を果たすか、藤井王位が3連覇とするかが焦点のシリーズとなっている。将棋ファンとしては見逃せない一局なのだが、一つだけ対局の度に悩まされる問題がある。それは「時間」だ。例えば今回の王位戦は、持ち時間がそれぞれ8時間の2日制。少しも逃さずリアルタイムで見たい気持ちは山々だが、これだけの長さの対局をずっと観戦するのは難しい。そこで今回は時間をテーマに将棋を見ていきたいと思う。

―そもそも2日制って?―

現在8つある将棋のタイトルの内、名人・竜王・王将・王位の4つが2日制。王座・棋聖・叡王の4つは1日制となっている。2日制は文字通り2日間かけて対局し、その他と最も違うところは、「封じ手」と呼ばれる翌日に指す手を決める儀式が1日目の最後にあることだ。

一昨年の王位戦第4局の時の封じ手の瞬間。将棋界では有名な「8七同飛成」でプロを驚愕させた。(朝日新聞デジタルより引用)

それぞれの棋戦によって多少の違いはあるものの、この封じ手を除けば持ち時間の長さ以外には大きな差はない。とにかく将棋には2日間という長丁場の対局があることを知ってもらいたい。

―持ち時間って?―

棋士1人当たりが指し手を決めるにあたって考慮できる時間が持ち時間。本当に棋戦によってまちまちで、一番長いものが名人戦の9時間、一番短いものがNHK杯と将棋日本シリーズの10分。随分と差があると感じられるだろう。この持ち時間の間はどれだけ考えても良いが、時間を使い切ると秒読みといってほとんどの場合1手1分未満で指さなければならないし、なかには30秒未満の場合もある。その間に次の手が指せない場合は負けである。ちなみにタイトル戦でも切れ負けが1度だけ起きたことがあるが、後にも先にもこれだけ。基本的に時間切れで負けるようでは一流のプロではない。

また、時間の測り方には①ストップウォッチ方式、②チェスクロック方式というものがある。①は1分未満切り捨て、②は使用した時間がそのまま積み上げられる。これだけではわかりづらいと思うので下の表を見てもらおう。

つまりストップウォッチ方式では1分未満の考慮なら持ち時間に影響しない。このおかげで昨年の棋聖戦第2局では、持ち時間が3分になってから藤井棋聖の持ち時間がしばらく減らず、ファンの間では「永遠の3分」と話題になった。現在のタイトル戦では叡王戦、王座戦を除いて、全てストップウォッチ方式を採用している。

―夜ご飯はどうしよう? 長く考えても結果は一緒?―

前節で名人戦の持ち時間は9時間だと書いた。これは将棋が好きな私でもわからない謎だが、何を9時間も考えることがあるのかという話だ。将棋には「長考に好手なし」という格言があるほどで、必ずしも長い時間を使って考えたからといってより良い手が指せるという保証はない。筆者の高校で羽生善治九段が講演をしてくださった時にこんな話をうかがった。「2時間くらいの長考をしたとき後半は夜ご飯何にしようとか考えてたんですよね(笑)。結局最初に思いついた手を指すことになりました」

厳かな雰囲気に包まれた対局。盤前で真剣な顔つきで悩んでいる棋士は実は全く関係のないことを考えているかもしれない。そう思うと急に親近感が湧いてくる。対局者は今何を考えているのだろう、そんな切り口で対局を見るとまた一味違った楽しみがある。

1日目の封じ手の局面の再現。この局面で藤井王位(盤面上側)は73分の長考。次の一手は全くわからないが、並べるとまるで対局者になった気分。

 

参考記事:

5日付 朝日新聞朝刊 21面 「木村九段 トークの名人」

5日付 読売新聞朝刊 29面(地域面) 「高校女王 医の道へ一手」

 

2020年8月19日 朝日新聞デジタル 「【王位戦1日目 詳報】 藤井聡太棋聖、悩んで封じ手」

【王位戦1日目 詳報】藤井聡太棋聖、悩んで封じ手:朝日新聞デジタル (asahi.com)