市街地に農業用水?長野市「水」の不思議

暑さが続く中、祖母が住む長野市の長野駅前を歩いていると面白い川を見つけました。『計渇川(けかちかわ)』という看板の下、コンクリートの隙間を激しい勢いで水が駆け抜けていきます。すぐ横がレストランや商業ビルであるにもかかわらず、幅が1mほどの場所を大量の水が流れているのです。

計渇川の写真 市街地で見ると少し違和感を感じる(筆者撮影)

自身の住む東京・国分寺市は、水や緑が豊かだとはいえ、市街地や家が立ち並ぶ場所をむき出しの状態で水が流れているという光景にはなかなか出会いません。一方、長野市は善光寺下駅から善光寺に行く最中にも、コンクリートの中を水が剥き出しに流れる場所をよく見かけます。なぜか気になる街中の小さな川。8月も半ばということで、自由研究の真似事をしてみたくなり、長野市の「水」を調べてみることにしました。

長野市の街中を流れる「水」を調べていくと、その多くはなんと「疏水」であることが判明しました。つまり農業に使われる用水です。市街地を流れるのは善光寺平用水と呼ばれ、意外にも流域の農業を支えていたのです。正直言ってピンときませんでした。それもそのはず、駅前から善光寺にかけての市街地には農地が見当たらないのですから。ですが、しっかりとこの用水は農地に使われています。祖母宅の近くにあり、母が小さな頃によく遊んでいたという開水路も「鐘鋳川」と呼ばれる善光寺平用水の一部だと判明しました。11km先の長野県須坂市まで流れ、そこに存在する小島町一帯の水田を潤します。

計渇川は、この大口分水工から取水されていた
善光寺平用水だ(筆者撮影)

取水された水は分岐し、市街地を通過して遠くの農地に使われる(筆者撮影)

謎解きの意外な結末に驚かされましたが、やはりこのような用水路網は「独特で珍しい」ようです。県の運営するサイトにもこの旨が記されていました。取水された用水が広い市街地を通して農業灌漑地に流れ込む構造はやはり他にあまりみることがないと言います。

思い返せば、その不思議な水利体系も頷ける気がします。1985年に発生した地附山の地滑り災害では、善光寺のすぐ裏に広がる都市部の住宅地が被害を受けました。地附山の標高は733メートル、つまり長野県長野市の中心部は、それほど山の足元に形成されているのです。県庁や裁判所といった中心機関が集まる都市部を挟んで東側と南側には長野盆地の農地が広がり、都市の西側、山の際を流れる裾花川(すそばながわ)から取水した農業用水は街を通ってから農業地域に流れ込む。奇妙な仕組みはこうした土地のつくりを考えると腑に落ちるものがあります。

善光寺平用水はこの裾花川から取水される 市街地の西側に存在し、すぐ目の前には山がそびえ立っている(筆者撮影)

昔から気になっていた、町の小さな開水路。以外にも疏水100選にも選ばれる立派な農業用水だと知り、「長野の美味しい果物や米の活力なのだ」とちょっとした畏怖の念が生まれました。長野市で育った母も疏水だとは知らず、驚き、少し喜んでいました。

散歩の中で感じた直感的な違和感から始まり、気になることを追いかけてみると街への見方が変わりました。コロナ禍の感染拡大に記録的な猛暑。様々な要因で外出しにくくなる時代だからこそ、徒歩十数分の範囲にある喜びを取りこぼさないことで景色が少し豊かになります。

いま住む国分寺市も国分寺崖線から湧き出る湧水に支えられた土地です。水と街の関係を見つめてみると、新たな角度で自分の好きな街がもっと好きになるかも知れません。

【参考記事】

朝日新聞 8月16日付 朝刊 社会総合 東京2.3万人感染 新型コロナ

朝日新聞8月15日付 朝刊 社会二面 北日本や北陸、大雨予想続く