就活の夏が始まりました

赤ちゃんだった頃に戻りたいな、と考えることがあります。目に映るものすべてが新しく、驚きの連続だった頃に戻りたい。世界は変わらず変化や驚きで満ちているというのに、いまは平気で忘れてしまえるからです。世界が存在することや、ものがまっすぐな線を描くことや、体が自在に動くこと。不思議なことは尽きぬほどあるのに、気付かないままに慣れてしまいます。

旅をすること。それは周りの景色を新しく見る方法の一つです。初めて就活で東京へ行ったときも、何より興味深かったのは町の様子や人々のすがたでした。そびえ立つビルの高さにため息をつき、下町の色あせた看板や居酒屋通りでは懐かしい気持ちに。セミの合唱が際立って聞こえ、前をゆく靴の黄色はやけに鮮やかでした。

インターン会場に着いた時、他の就活生のすがたを見ました。白いブラウスにパキッとしたパンツを履いている女の子たちは、すでに社会人のようでどきっとしました。メモを取り、積極的に手を挙げる皆の真剣な姿勢に、背筋が伸びる思いがしました。

大人になるとはどういうことなんだろう。小学生の頃の問いを、いま改めて思い出しています。住んでいる町から出て、ひとり見知らぬ人々の中に立つ時、「いろんなことを学んできた気がしたけれど、知らないことがたくさんあったんだ」という感覚が体じゅうを巡ります。

それは歴史を学ぶことに似ています。中学校まで用語やら年号やらを覚え、「歴史」を知ったつもりでいたのに、高校生になって「日本史」と「世界史」の新しい教科書を突きつけられた時と同じです。おいおい、教わってきたものとちがうじゃないか。だったら最初からむずかしいものを教えてくれればよかったのに。ちょっとした不満と同時に、まだまだ自分の知らないことがあるのだとわくわくする気持ちが膨らみました。

就活を始めて、思ったより「まだ学生でいたい」と考えていることに気が付きました。大げさに言えば、大学を卒業したら人生が終わると思っていたぐらいです。「社会人」はもはや別の生き物のように感じられていたかもしれません。

でも、段々と前向きに考えられるようになってきました。いまは毎日自分のことだけで精一杯。未来も想像できなくて怖いけれど、たくさんの人に出会って、いろんなことを知れば、世界がふっと広がる瞬間はこれからもあるような気がします。

インターンの帰り、東京駅でおみやげを買うために、百貨店に立ち寄りました。ふと気が向いたので、エスカレーターをのぼってみました。8階、9階、10階、さらに上へ……。キラキラと輝く、時計、ジュエリー、ウェディングドレス。手が届かないものなので、ほとんど気に留めたことがありませんでしたが、フロアを見渡して心がふわっと広がりました。それは言葉にしがたい感覚ですが、売り場で働く方々はスーツがよく似合っていて、とてもカッコよかったです。

参考記事:

15日付 読売新聞朝刊(12版)11面「経験と反省 後輩にエール」