毎年8月になると、何かと戦争が話題に上ります。筆者は毎夏、戦争関係の書籍を1冊以上読むことにしており、今年は「昭和の参謀」こと瀬島龍三氏の回想録を読みました。戦時中の苦労はさることながら、ソ連に抑留された期間の描写に最も感銘を受けました。人生で最も脂の乗った壮年期に無駄な労役を強いられたことは、一見、大きな損失のように思われます。しかし、苛烈な環境下で必死に知恵を振り絞ったことで、氏の人間力はより一層磨かれ、後年、政財界で再活躍することに繋がったのだと感じました。
さて、今年の終戦記念日に向けた新聞報道に目を向けると、ロシア・ウクライナ戦争や台湾問題を絡めた論評が目立ちます。前者は膠着状態に陥っており、常態化した戦争に慣れてしまった感が否めませんが、後者は最近大きな動きがありました。ペロシ米下院議長の訪台と人民解放軍による軍事演習です。台湾全土を包囲する形の演習は初めてで、中台対立がまた1つ上の次元に上がったような印象を覚えます。
日本国内では様々な反応が沸き起こりました。中国の軍事的脅迫に対する憤怒。平和を祈る声。戦争には至らぬだろうという楽観的な観測。ヤフーニュースの某コメンテーターは「軍事衝突に踏み切る可能性は低いだろう」と論評しています。曰く、ウクライナ侵攻を強行したロシアに重い経済制裁が科されたので、中国は武力を行使しづらくなった、とのこと。このように、軍事衝突が発生しないとは断言しないまでも、実際に起こることをイメージしている人は少ないように感じます。
しかし、国際政治学を専攻する筆者はこの現状に強い危機感を覚えています。これまで中台関係の歴史を勉強し、中国メディアによる報道も毎日確認していますが、2030年までに戦争が起きる可能性は極めて高い。残念ながら、ほぼ確実と言って差し支えないような状態だと思います。
私は中国共産党員や台湾軍の兵役経験者、政治に詳しい人疎い人含め、中国本土・台湾・香港の様々な人と議論した経験もあります。皆、軍事衝突の可能性が高いと話していました。中でも、共産党員の知人は「もはや台湾を平和的に統一できる可能性はゼロ。なので、戦争が起きる可能性は100%」と断言します。いつ発生するか、また、米軍が介入するかどうかについては意見が割れました。
元外務事務次官の先生に質問すると「米軍が参戦する可能性は30%以下。 (実態はさておき一応)中国の領土の一部であり同盟すら結んでいない台湾を、多大な犠牲を被ってまで助けるとは常識的に考えられない」とのこと。「米国は、開戦前に大量の武器を送ることぐらいしか出来ないだろう」と先月話していました。
在日米軍が介入する、すなわち沖縄が直接的に戦争に巻き込まれるかは分かりませんが、やはり我々は台湾軍事侵攻の可能性を直視し、自分ごととして真剣に捉えるべきです。戦争なんて過去のこと、あるいは対岸の火事などと軽視していると、実際に起きたとき大混乱に陥ります。
では、具体的にどのようなリスクが存在し、どのような対策を用意すべきか。まず、最も重要なのは、台湾に在住する日本人の生命と財産です。九州ほどの広さの台湾全土に散らばる2万人の邦人の安全をどのように確保し、どうやって安全に帰国させるか。日本人と結婚している中華民国国籍の配偶者や子供も含め、誰をどの順番で日本行きの船や飛行機に乗せるのか。外務省は予め決めておく必要があるでしょう。
次に、台湾企業と取引したり、台湾に支社を置いたりする日本企業の営業活動に重大な支障が生じます。日本政府が対中経済制裁を発動させた場合は、中国本土でビジネスを行う日系企業も報復を受ける可能性があります。反日デモ隊による店舗破壊や営業妨害、サイバー攻撃などがあり得るでしょう。中国と台湾での売上高比率が高い企業はBCPを策定しておかなければなりません。どれだけ入念に準備しても、東京市場の株価大暴落は不可避だと思いますが。
戦闘が激化・長期化した場合には、日本に数十万人以上の台湾難民が流入する可能性があります。特に沖縄や九州、東京、大阪に多くやってくるでしょう。現行の難民認定制度を弾力的に運用するか、特別法を制定する必要があると思います。法務省は具体的な検討を行っているでしょうか。市町村や企業、学校による受け入れ態勢の整備も欠かせません。難民は一般的に労働意欲が高く長期的には社会の歯車として活躍してくれますが、短期的な生活保護の費用負担は大きな課題です。
さらに、半導体の価格が高騰したり、沖縄における米軍基地の問題が一層複雑化したり、在日中国人への差別が増幅したり、我々の生活に様々な影響が生じることは確実です。日本政治外交史的に1945年以降で最もインパクトのある出来事となる可能性もあります。
戦後77年。今こそ戦争が社会にもたらす影響を研究し、新たな危機への備えを早急に講じなければなりません。想像力を働かせよう!