今年度の最低賃金の引き上げの議論にようやく終止符が打たれました。結果は平均で31円増と、過去最大の引き上げ幅となりました。労働者側が47円増、使用者側が14円増を主張し、難航していた今回の中央最低賃金審議会ですが、結果的には足して2で割った水準に落ち着いたことになります。
雇用側としては、数円の違いでも積み上げれば負担増は数十万円、数百万円にも膨れ上がるため、1円でも少なくしたいところでしょう。しかし、働く側からしてみればたった31円。8月の平日22日間、8時間働いたと仮定すると、5456円の増額。今の物価高を考えれば、見合うどころか足りないくらいではないでしょうか。現在最低賃金が956円の埼玉県に住む私としては、一刻も早く1000円台にしてほしい所であります。
そして、そもそもの手取り収入が足りていないという問題があります。2日付の朝日新聞には、低水準の最低賃金に喘ぐ労働者の声が掲載されていました。出版関係の会社で働く都内在住の鈴木さんは、入社してから10年経つ今でも最低賃金である1041円で働いているそうです。週6日働いて手取りが14万円ほどだというから驚きです。最低賃金は毎年上がっている一方で会社が仕事を早めに切り上げるよう促すため、収入はむしろ下がっているそうです。両親、兄との4人暮らしですが、生活は相当大変なはず。理不尽な話だと思います。
このような原因の一つが、一律に最低賃金を定めていることにあると私は思います。
例えば、私がアルバイトをしている本屋では、大きく分けて二つの仕事があります。一つは、レジ業務、もう一つが売れ残った本を出版社に送り返す返品作業です。前者は、平日であれば基本的にはあまり忙しくなることはありません。一方で後者は、店の中を回り、段ボールに詰めた本を運ぶ重労働です。両者には作業量において大きな差がありますが、賃金は変わりません。
平日の夜などはお客さんが少なく、レジ係は暇を持て余すことも少なくありません。そんなとき、私の店では「本や雑誌を縛る紐を作る」仕事が割り当てられます。ビニールの太い紐を半分に裂き、2本の紐にするのですが、長いときは業務時間の約半分、2時間ほどこの作業をするのです。コンビニの本の売り場で時々見るようなゴム製のバンドが倉庫に眠っているのですが、何故かそれは使いません。疑問に思い、アルバイトの主婦の方に聞いてみると、「わざと使ってないの。紐を作る仕事が無いとレジが暇になっちゃうでしょ?」と実情を明かしてくれました。レジ店員が暇を持て余していてはお店の印象が悪くなることもあると思いますが、ただ単に、雇っている以上何らかの仕事を与えなければならないという側面の方が大きい気がしています。
最低時給という概念は、労働者を守る為に生み出された一方で、作業量や業務内容ではなく、その拘束時間自体に価値を与えてしまうという問題を生みました。作業量や能力に大きな差があるにも関わらず、賃金は同じという矛盾が生まれてしまいます。
これからは、「業種別の最低賃金」など、別のアプローチが必要ではないでしょうか。今でも、「地域別最低賃金」や「特定最低賃金」という産業や都道府県ごとに定められた最低賃金がありますが、カバー範囲が狭いうえ、最低賃金とほとんど変わらないものがほとんどで、あまり意味がない印象を受けます。そして、何よりも適用されているのは一部の業種だけで、決して一般的ではありません。
何も一律で最低賃金を上げる必要はないのかもしれません。ただ、給料が生活に直結する労働者や、エッセンシャルワーカーに対しては、最低賃金が1500円ほどに引き上げられているイギリスやフランスなどの先進国を見習い、早急に水準を見直す必要があるでしょう。鈴木さんのように労働時間を抑えられることを避けるために、月ごとの最低生活費も定め、その金額を満たすように雇用時間を確保するなどといったアプローチも考えられます。
経営者側に立てば、その実現は困難を極めることは重々承知しています。しかし、今の最低賃金で働く人々は、金銭的余裕が乏しいどころか、生活さえままならないように感じます。円安が続き更なる物価高が予想される中、「企業側が賃金上昇に耐えられるか」よりも、「この給料で、全ての労働者が生活できるのか」という視点が一層重要になると考えます。
参考記事:
・2日付 朝日新聞朝刊(14版)3面 「続く引き上げ 見えぬ底上げ」
・3日付 読売新聞朝刊(13版)3面 「物価高直撃 労使の熟議」
参考資料: