次世代の女性棋士の道標となれ

里見女流四冠が女性初となる棋士編入試験を受けることが話題になっています。一方で、「女性初」というフレーズだけが先行し、「棋士編入試験の内容」「棋士と女流棋士の違い」「合格後の流れ」など厳しい現実にはあまり触れられていません。

 

―棋士編入試験の内容―

本来は奨励会と言われる下部組織から昇級してプロになるのが一般的ですが、アマ強豪や今回の里見さんのように女流棋士からもプロ棋士になれる制度が「棋士編入試験」です。ただし、その受験資格は厳しく「現在のプロ公式戦において、最も良いところから見て(1番成績が良くなるように恣意的に対局結果を区切って見た時)10勝以上、なおかつ6割5分以上の成績を収めたアマチュア・女流棋士の希望者」と定められています。例えば里見さんの場合は、10勝4敗で勝率が約7割1分で受験資格を得ました。これだけ聞くと「成績が良ければ誰でも」と聞こえるかもしれませんが、プロ同士の対局で6割越えは「強い棋士」、6割5分は「トップクラス」、7割越えは「絶好調」と言われるほどです。また、これはあくまで「プロ同士」の場合です。実力が男性のプロに劣るアマや女流にとって、6割5分のボーダーがいかに厳しいかがお分かりいただけると思います。

この過酷な受験資格を得られたとしても、新四段の棋士5人と対局し3勝2敗と勝ち越してやっと合格です。さらに、ほとんど報道されていませんが、受験料もかかります。税別で50万円、決して安い額ではありません。

 

―棋士と女流棋士の違い―

「棋士」の前に「女流」がついただけですが、制度としては全くの別物です。棋士には今回話題になっている棋士編入試験を除けば、原則「奨励会」から勝ち上がっていく以外にプロになる道はありません。一方女流棋士は、①研修会(奨励会のさらに下部組織的な位置付け)でB2クラス以上に在籍すること(B2というクラスは奨励会では一番下の6級相当と言われています)②公式棋戦で一定の成績を収める③奨励会を2級以上で退会する、といくつもの条件が設定されています。

良い悪いではありませんが、逃げ道のない奨励会を勝ち抜いた男性の方が棋力は高い傾向にあります。また、現在は里見香奈四冠も女流棋士ですが、26歳で満期退会になるまでは奨励会三段(四段以降がプロ)でした。現在女流タイトルを保持している里見四冠、西山朋佳二冠、加藤桃子清麗、伊藤沙恵名人の4人も奨励会の出身です。プロを本気で目指す厳しい奨励会で揉まれた彼女たちが女流でも活躍していることからもわかるように、奨励会のレベルがいかに高いか、そこを乗り越えたプロ棋士を相手に大きく勝ち越すことがいかに難しいかを感じてもらえると思います。

 

―合格後の流れ―

今まで道のりの険しさを簡単に説明してきましたが、当然受かって終わりではありません。合格すると正規でプロになった人が所属する一番下のC級2組より、さらに下のフリークラスに編入することになります。ここで規定の成績(良いところで見て30局以上の成績が6割5分以上など)を10年以内に挙げてC級2組に昇級しないと、その時点で強制的に引退となります。さらに、棋士になると女流棋戦という女性だけの棋戦以外に、原則全棋戦に参加しなければならず、スケジュールは過密を極めます。

 

 

女性初という点について里見さんは「これだけ注目されるのを嬉しく思うと同時に、こういうことが珍しくない社会になればいいと思う」と答えています。収入や社会的な評価から言えば申し分ない地位を投げうち、後に続く女性棋士の夢や希望を背負った挑戦を、「女性初」という一言だけで片づけてよいものではありません。今はまだ少ない将棋の女性人口を増やし、里見さんが願う大いなる挑戦が珍しくない社会に近づくことを、一将棋ファンとして全力で応援したいと思います。

 

参考記事:

15日付 朝日新聞朝刊(神奈川13版) 29面(文化) 「里見女流四冠 棋士への挑戦」

 

参考資料:

日本将棋連盟 「プロ編入試験についてのお知らせ」 プロ編入試験についてのお知らせ|将棋ニュース|日本将棋連盟 (shogi.or.jp)