経済制裁の影響は? ロシア人に聞いてみた

ロシア・ウクライナ戦争の開戦から4ヶ月余り経過しました。当初はロシアが圧倒的な物量で攻め込み、キエフをすぐ陥落させるものと見込まれていました。しかし、戦争研究所(ISW)による勢力図を参照する限り、直近2ヶ月は戦線が大きく動いていないのが現状です。

ロシア側は広大な領域を手中に収めながらも、特別軍事作戦の着地点を見出せず。一方、ウクライナ側も一生懸命抵抗しているものの、開戦前の状態まで勢力圏を取り戻すことは極めて難しい。欧米諸国は強力な対露経済制裁を科し、今日までウクライナに軍事援助を続けてきましたが、これ以上打つ手なし。勝者なき争いはしばらく終結しそうにありません。

泥沼化した戦争の流れを打開して停戦するには「ロシア国内で変化が起きるのを待つしかない」と考える専門家もいます。第一次世界大戦の際は、1917年2月に困窮したロシアの民衆がペテルブルクで「パンよこせデモ」を行ったことが契機で二月革命が起こり、ロマノフ朝が崩壊。同年11月に樹立されたソビエト新政権は戦争を離脱しました。翌18年11月には、ドイツでも水兵の反乱ををきっかけに革命が勃発。社会民主党エーベルト率いる臨時政府が連合国と休戦協定を結んで、第一次世界大戦を終わらせたのでした。

この説が成立するか否かは、ロシアの連邦軍あるいは一般社会において、不満がどの程度蓄積しているかどうか次第です。ということで、今回はロシア人にインタビューを敢行しました。戦争に賛成か反対かという主観的な心情を交えることなく、あくまで客観的な事実や状況を知ることが主目的です。インタビュイーは、モスクワから80キロ離れた街の国立研究所に勤務する20代の科学者の男性。4月初旬から6月中旬まで、研究活動のために京大に滞在していた関係で、筆者は知り合いました。

――まず、暮らしへの影響を教えて下さい。インフレが進んでいるらしいですね。

物価は2月下旬以降約20〜30%急騰したが、上昇幅はだんだん落ち着いてきた。今では若干下落しているくらいだ。また、ロシアで物価が上がることは日常茶飯事で、今までもコンスタントに上昇してきた。

――輸入品は減少していますか。

食料品以外ほとんど購入しないから、個人的にほとんど影響はない。ただ、輸入品は全般的に激減した印象だ。コカコーラとペプシはスーパーの売り場から完全に消えた。類似品を購入することは出来るけどね。

――マクドナルドを引き継いだハンバーガー店「フクースナ・イ・トーチカ」に行きましたか。

街の近くにないので行けていない。僕の知る限り、マクドナルドに使われていた殆どの商品は、ロシア産の原材料を使っていた。だから店はブランド名と看板を変えただけで、今までとほぼ同じ商品を提供しているはず。

――街全体の様子に変化はありましたか。

特にない。僕の居住地は小さな街なので、元から外資系の企業や小売店が存在しない。

――仕事への影響を教えて下さい。

僕は特段変化したように感じない。軍事関係の部門は存在しないし、研究所のトップや上司から特別軍事作戦に関連する連絡は今まで一切ない。また、所内には元から外国人がいないので、研究者数が減少することもなかった。

――ロシアの主な銀行は国際決済システムSWIFTから排除されましたが、日本滞在中、生活費はどのように払っていましたか。

大抵、現金を使っていたが、ユニオンペイ(銀聯カード;中国企業が発行するクレジットカード)も利用した。

――特別軍事作戦について、職場の同僚や家族と話しますか。周囲や知人に連邦軍の関係者はいますか。

全く話さない。いない。

――暮らしと仕事以外で影響や変化は。

特にない。とにかく僕が実感しているのは、食品価格の高騰だけだ。

 

この人に話を聞く限り、西側陣営が強力な経済制裁を科している割には、一般庶民の暮らしや仕事への影響は大きくないような印象を覚えました。職場や家族で戦争に関する話がタブー化して誰も触れないのであれば、デモやストライキなどの社会運動に発展しづらいでしょう。冒頭に挙げた「停戦するにはロシア国内で変化が起きるのを待つしかない」という説は期待薄かもしれません。

国力が劣るウクライナは不利な消耗戦を避けたいと考えているはずですが、2〜3年以上の長期戦を覚悟する必要があるでしょう。シリア内戦同様に長期化が進めば、国際社会による関心が薄れ、ゼレンスキー大統領の「発信力」が弱まります。他の手段が必要です。西側諸国もウクライナに対する軍事・経済援助をいつまで続けられるのか。惰性的な支援継続から、メリハリつけて戦略を随時変更していく必要があるものと思われます。

ロシア国立歴史博物館(2018年9月撮影)