3月31日、文部科学省が全国の教育委員会に対し、教員は採用10年以内に特別支援教育機関で複数年の経験を積むよう求める通知を出しました。いま全国の特別支援学校に在籍する子どもは約14万6300人で11年度の1.2倍、特別支援学級には約32万6500人で同じく2.1倍と年を追って増えています。当然ながら教員数も増加しています。
しかし、必要な免許(特別支援教育免状)を持っている学級担任の割合は3割程にとどまり、十分に対応できているとは言えません。こうした状況を踏まえ打ち出されたのが、今回の通知でした。これで障がいがあるども達が学ぶ環境は改善するのでしょうか。神奈川県川崎市にある障がい児の自立訓練施設「さくらライフスキルラボ」の先生方2人を取材し、今回の通知のデメリットとメリットを伺いました。
まず、マイナス面として挙げられたのは、期間の短さです。複数年がどの程度を示しているのかはまだ明らかでありませんが、2年程度だとしたら、仕事に慣れてきたところで通常の学級に異動してしまいます。特別支援教育を受けている児童のおよそ2割を占める自閉症スペクトラム障害の症状を持つ場合、ほとんどがコミュニケーションに課題を抱えています。長い時間をかけて、ようやく親しくなった先生がいなくなってしまっては、大きな負担を強いることになるのです。
一方、メリットとして挙げられたのは、特別支援教育で経験を積むことで、障がいがある子どもに対する先生方の理解が深まったうえ、現場の慢性的な人手不足が改善されることです。大学での教職課程を見る限り、特別支援教育の実習は通常学級と比べて見劣りします。また、教員になってからも関わることのない先生方も多くいます。しかし、通常の学級にも障害がある子どもがいるのが現状です。彼ら彼女らとの接し方が分からないことから、苦手意識を覚える先生もいます。そうした先生方にとって、若いうちに特別支援教育で経験を積めば理解が深まり、その後のキャリアに活きてくるでしょう。
また、特別支援学校では、児童や生徒が単一障害を持つ場合、1人の先生が担当するのは6人というのが一般的です。より重い障害の場合は、2人で3人の児童や生徒を担当するなど、障がいの度合いに合わせて柔軟な対応がなされています。しかし、今の教員数のままでは先生の負担が大きすぎます。より多くの教員が関わることになれば、現場の負担はある程度軽くなり、子どもたちの学習環境も改善されることが期待できます。
さらに複数年の経験を積むということは、世界的に評価されているインクルーシブ教育との相性も良いと思います。神奈川県川崎市などでは、特別支援学級の子どもが、一部の授業を通常学級で受ける取り組みが始まっています。こうした形式をとることで、偏見や差別意識が軽減されるといわれます。また、通常学級と離されていないことで、障がいをもつ子どもの「自尊感情」が高まります。特別支援教育の対象者が増えている現在、インクルーシブ教育はますます一般的なものとなるでしょう。ここでも特別支援教育での複数年の経験が活きてくるのではないでしょうか。
賛否両論多くの意見をうかがいました。それを踏まえて、筆者は今回の文科省の通知に賛同します。障がい者教育の現状を改善しようとする姿勢は評価すべきです。ただ、先生にとっては10年のうちの数年であっても、子どもたちにとっては人生で最も重要な瞬間であることを忘れてはいけません。今後は制度の中身を充実させるべく、議論を重ね最良のプログラムを見つけ出してほしいものです。
一人一人の個人に対応した学習計画である個別教育計画(IEP)を取り入れたライフスキル教育を推進するさくらライフスキルラボ 撮影筆者
参考記事:
朝日新聞デジタル「 特別支援学級「複数年の経験を」 新任教員、10年目までに」
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15252811.html?iref=pc_ss_date_article
朝日新聞デジタル「(記者解説)障害のある子の学び 特別支援教育、枠超え対応を」
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15255470.html?iref=pc_ss_date_article