フランスという国

「そのこと(今回のテロ)が私たちの日常を変えるのかしら?」

「人はショックを受けた時にそれについて語らなければいけません。」

リベラシオンというフランスの日刊紙があります。子ども向けの特集の一節です。朝日新聞ならば「いちからわかる!」のコーナーに似ているような気がします。簡単な文法のフランス語で書かれています。

今年1月に発生したパリのシャルリー・エブド襲撃事件のときには、大学のフランス人の先生が授業の半分も使って事件について話しました。「自分の言葉で語るのがフランスだ」と言っていました。日本の場合、表現を自粛することもあります。とても対照的でフランス独特の発想を感じた瞬間です。でも今回のテロについてその先生は多くを語りません。明らかに避けている様子。大きな違和感をいだきました。

フランスという国が「集い語り合うのが普通の国」ならば、わざわざ新聞で子供向けに書かなくていいはずと和訳をしながら考えていました。それだけ恐怖があるのでしょう。きっとこの一節で社会が沈黙してしまうのを防ごうとしていると思いました。

「活動する自由を主張し続けなければいけない」。

今日の読売新聞の文化面で、パリ市立劇場・芸術監督の声が紹介されています。私は、どのように人々が語るのかが気になります。ゆえに朝日新聞の「論壇時評」は興味深かったのです。高橋源一郎さんがたくさんの声を紹介しています。文化、宗教、民族、地理的な背景の違う移民がいるフランス社会。語り手を通じて奥深くにあるお国事情が浮き上がってきます。17日の朝日新聞の論壇委員会で、津田大介さんはテロ事件に関して久しぶりにブログを更新した人たちがいたと話していたそうです。140文字では語りつくせない問題だったからでは、と分析しています。

テロに屈しないで多くを語ってもらいたい。詩でも絵画でも表現されるものそれぞれが気になります。私は、フランスのラップをたまに聞きます。ラッパーたちがどんな曲を作るのか興味深いです。仏語辞典を片手に、私なりの目線でこの国を見ていきます。

 

参考記事:

26日付朝日新聞朝刊(東京12版) 17面 オピニオン「論壇時評」

同日付読売新聞朝刊(東京12版) 17面 文化「テロ乗り越え生活は続く」