百人一首 「推し」の一首を見つけて

今日は新聞の届かない休刊日。各社のデジタル版アプリをみていると、百人一首の記事を目にしました。なんと、競技カルタの名人、永世名人がどちらも静岡県三島市にいるというのです。それも、ともに他県から引っ越してきたといいます。永世名人の西郷直樹さん(43)は、20歳で名人となり前人未到の14連覇を達成した後に引退し、現在は三島せせらぎ会で指導にあたります。その三島せせらぎ会に所属するのが、今年の名人である川瀬将義さん(27)です。なんとも不思議な縁から、三島市の競技カルタは盛り上がりを見せているのです。

以前、三島市内で筆者が撮影 せせらぎ会の名の通り美しい水で有名な街だ

「畳の上の格闘技」とも呼ばれる競技カルタは、目に見えない程のスピードで札が飛びます。上の句を読み上げる「音」に集中し、対応する下の句の札を先に払った方がその札をとることができます。その特性から歌が最後まで読まれることは中々ありません。スピード感、瞬発力、体力、集中力…全てをかけて戦う競技カルタは、多くのスポーツに共通する「熱さ」を帯びています。

一方で、競技カルタに使われる百人一首のそのものへの関心がなかなか広がらないのは悲しい限りです。今回は、秀歌のいくつかを味わいましょう。

筆者が今イチオシの歌は、「わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり」です。8番の歌で喜撰法師が詠みました。意味は、「私の草庵は都の東南にあり、そこで静かに暮らしている。だが、世間の人たちは世の中から隠れこの宇治の山に住んでいると噂しているようだ」というものです。自分が好んで選んだ道を、周囲が勝手に憶測し、噂を立てているという状況は、誰にでもあると思います。自分の意思や決断が、その後の人生に深く関わる年齢になるほど、周囲の目も気になるものです。でも、この歌を読むと自身の「実際」というのは本人がわかっていればそれでいいよな、と気持ちが軽くなります。この歌に通ずる考えは、太宰治の「右大臣実朝」にも登場します。

また、心情に寄り添うだけでなく、視覚的な刺激を受ける歌も沢山あります。筆者は、特に2番の歌、持統天皇が詠んだ「春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」がお気に入りです。意味は、「もう春は過ぎ去り、いつのまにか夏が来てしまったようですね。香具山には、あんなにたくさんのまっ白な着物が干されているのですから」となります。初夏に感じる爽快感が緑色の山々と白い衣の対比で描き出され、冬でも見返したくなる歌です。白という色しか登場していないにもかかわらず、緑色の山々、晴れた初夏の濃い色の青空が自然と頭に浮かぶ不思議な作品です。

橿原市公式サイトより引用 現在の天香山の様子

本日はバレンタインデーなので、壬生忠見 が詠んだ41番の恋の歌も紹介します。「恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか」。内容は、「私が恋をしてしまったという浮き名が、こんなにも早く世間に広まってしまった。誰にも知られないよう自分の心の中だけで、ひそかにあの人を思いはじめたのに」というもの。これを見た時には、「どんだけわかりやすかったんだ!」と壬生忠見に突っ込んでしまいたくなりました。周囲に隠し切れないほどの好き好きオーラを発していた彼を想像すると少し微笑ましいですし、街中で見かけるようなお茶目な恋模様が思い出される歌です。

ほんの一部しか紹介できませんでしたが、残りの97首も自分なりの解釈で楽しむことができます。ここから、日々勇気を貰ったり、反省をしたりすることで、リラックスできる時間が生まれます。お気に入りの一首を味わう人が増えれば嬉しいです。

【参考記事】

朝日新聞デジタル 2022年2月14日 畳の上の格闘技、運命の不思議 競技かるた2人の「名人」が集う街

【参考文献】

かしはら探訪ナビ

ビジュアルでわかる美しい和歌の世界 一冊てわかる百人一首 吉海直人氏編 成美堂出版