山形県河北町に本社を置く、株式会社IBUKI。08年から6期連続で最終赤字に陥り、破綻寸前の状況にまで追い込まれていました。今朝の日経新聞は、この中小企業を窮地から蘇らせた経営術を紹介しています。キーワードは「リスキリング(Re-skilling)」です。
IBUKIの前身である安田製作所は、主にプラスチック製品の金型製造を手掛ける企業。金属の微細な加工を得意とし、高度な技術を有しています。しかし、00年代半ばに、主要販売先だったソニーの工場が海外移転したことで受注が激減しました。コンサルティング会社のO2は14年末に同社を買収すると、新たな販売先の開拓やビジネスモデルの刷新、消極的な社風の一新に加えて、「リスキリング」を導入させました。これは、業務上必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、そのスキルを習得させることを意味します。
まずは、1年休職して学校などで学べる制度を新設。しかし、社員は変化への恐れや自己肯定感の低さから制度を利用しようとしません。社員が新たな挑戦や変化に前向きになるよう、日常に小さな変化を取り入れることにしました。会社の駐車場で車を止める位置を変える。昼の休憩時間をずらす。役職呼びを禁止する。些細な変化を積み重ねた結果、社内の雰囲気が改善しました。
次に、昔の経営陣にDXを提案した末、却下されて会社を去った金型設計者を再雇用。業務時間内にプラグラミングを勉強させました。その人は、外注すれば数億円という統計システムを独力で構築し、業務効率化に貢献しています。DXの中核人材として、他の社員にプログラミングの基礎を教えるようにもなりました。
このように社内で向上心が浸透した結果、現場のリーダー約10人が、社会人向けの数学教室で統計処理を学び始めたそうです。授業料は会社負担。これらの取り組みが奏功し、今期の売上高はO2買収時の2倍となる11.5億円を見込みます。従業員数も約20人から60人超にまで回復しました。
「リスキリング」や類似概念である「リカレント教育」は、近年、ビジネス界隈でかなり注目されています。とはいえ、流行に先駆けて5年以上前から、社員の能力のアップデートに注力したO2社長・IBUKI前社長の松本晋一氏の経営手腕には感服させられます。
余談ですが、筆者は6年半前、中高生向けの新製品アイデアコンテストに参加していたとき、松本社長とお会いして話したことがあります。氏は中間・最終審査会やミートアップの度に毎回必ずいらっしゃって、参加者と真剣に向き合い、熱心にアドバイスを送って下さいました。行動力に溢れる積極的な社長さんで、強く印象に残っています。
閑話休題。現在、中小企業におけるリスキリングは遅れています。産能大総研が昨年5月に実施した調査によると、中小企業での実施率は僅か10%です。目下、教育費用の捻出が課題となっていますが、長期的な視点に立ち、人材育成に力を入れる会社が増えることに期待したいと思います。日本企業の99.7%を占める中小企業の改革なしに、Society5.0の実現は成し得ません!
参考資料:
9日付 日経新聞朝刊(京都12版)18面「中小、「学び直し」で起死回生」