先日、愛知県にあるトヨタ産業技術記念館を訪れました。常設の展示も面白かったのですが、最も印象的だったのは「いのちと向き合った医師たちの挑戦」という企画展でした。江戸時代の医療の歴史を辿るなかで驚いたのは貝原益軒の『養生訓』。益軒が84歳のときの作品で、中国の養生書と自分の体験に基づき、精神・肉体両面から日常的な健康法をまとめたものです。
(トヨタ産業技術記念館のFacebookアカウントから引用)
その中で益軒は、「孫思邈(そんしばく)が“人故なくんば薬を餌(くら)うべからず。偏に助くば蔵気不平にして病生ず”と言っている」と述べています。たいした理由もなく、薬を常用すれば、五臓に代表される体の機能、全体のバランスを崩し、かえって病気を招くことがあると説いているそうです。また別の箇所では、薬はみな偏った性質があるものなので、その病に応じなければ必ず毒になると注意を喚起しています。どんな病気であれ、みだりに薬に頼ってはならず、病の災いより薬の災いの方が多いものだとか。
最近「オーバードーズ」という言葉をよく耳にします。病院から処方される睡眠薬や抗不安薬、市販されている咳止め薬などの乱用、さらには依存症が若い世代を中心に深刻化しているそうです。数日前には中国新聞が記事を出していました。広島で暮らす28歳の女性が、どうやって依存症から抜け出したのか取材しています。
「幻覚を見ていると、つらい現実が遠くにある気になれた。また最悪な朝が来るのに、やめられなかった」「薬を飲むと、憂鬱(ゆううつ)な気分は不思議と消えた。だが、効果が切れると、すさまじい倦怠(けんたい)感に襲われる」。依存症に悩む女性の赤裸々な声がそこにはありました。
Yahoo!ニュースに転載されたこの記事には30件を超えるコメントがついています。自分も予備軍だと告白する人、職場や家族にも迷惑をかけられず自分もつらいから薬に頼ってしまうという記事の女性と同じような境遇の人も。薬物依存に悩む人たちが多くいることを改めて実感しました。
読売新聞が先月26日に掲載した記事には「若い世代では、市販薬や処方薬という『捕まらない薬物』への依存が増えている」とありました。どうやら違法薬物ではないことが、依存を促進する原因のひとつになるようです。慶応大学の福島紀子名誉教授は、「薬を正しく使わないと副作用や依存する危険があることは、小学校高学年から教育することが必要。より充実した教育を行うためには、学校薬剤師や地域の薬局、大学の薬学部の連携やネットワーク作りが大切だ」と教育の必要性を説いています。
思い起こせば、筆者は母親が看護師免許を持っていて、薬についてある程度詳しかったから正しく使うことができたように思います。周囲に「常備薬だからといって頼ってばかりではいけない」と言ってくれる人がいなかったら、依存症になってしまうこともあったかもしれません。オーバードーズになってしまう人が増えないよう、若いうちから教育を受けられるよう切実に願います。そして、益軒が江戸時代に説いたように、薬に頼り過ぎない生活を心がけたいです。
参考記事:
12月12日中国新聞デジタル版「市販薬乱用する「オーバードーズ」 20代女性が依存した理由」
11月26日読売新聞朝刊生活面(東京)「[依存社会]オーバードーズ(下)乱用防止へ 販売制限や授業も」
参考資料:
くすりの博物館 江戸に学ぶ からだと養生