ナチス想起、「卍マーク」「進撃の巨人」

同じ絵画を見ていても人によって受け取り方が全く違うように、日本人にとっては何気ないデザインが海外では強烈な意味を持つことがある。

留学している英国での体験だ。「国のシンボル」について話してきた語学学校の先生がスクリーンで「symbol Japan」と検索したら「卍」のマークが出てきた。すると突然教室に気まずい空気が流れ、スペイン人の女性が「これ、ナチスのマークみたいだよね」と口を開いた。「お願いだから私に見せないでー」と冗談めかしながらも少し戸惑った顔でオランダ人の女性が続けた。先生も空気を察したのか、すぐに他の画像へと移った。

日本で使われる「卍」は、たしかにナチス・ドイツの象徴であるハーケンクロイツに似ている。こちらは、正確には卍を反転したデザインだ。ナチス・ドイツは、第二次世界大戦後にユダヤ人大虐殺を続けた。45年までに約600万人が殺されたとされており、その党章であるハーケンクロイツは忌み嫌われている。

国内で一時期「まじ卍(まんじ)」という若者言葉が流行したときも、賛否が分かれていた。その意味を知らずに使っている人がほとんどだろう。しかし、欧州でこのマークを軽々しく使うと、不謹慎、ひどい時には危険人物とされかねない。スイス人に見せたところ、「最初は完全にナチスのマークかと思った」と言われた。

卍の記号については2020年の東京オリンピック開催前に国土交通省・国土地理院でも多少の物議をかもした。多言語表記の地図で、寺のマーク「卍」をナチスの象徴と勘違いされないように変更するという案が出された。卍は古代サンスクリット語を起源として様々な文化や宗教の紋章として使われており、仏教や日本文化に根差した長い歴史がある。外国人に日本の卍の起源を理解してもらう必要がある一方で、日本人自身がナチスのマークの意味を知っておく必要があるのも確かである。

ハーケンクロイツの意味について日本人に尋ねるというYouTube動画は、290万回以上再生されている。この中で、ほとんどの日本人がその意味を知らず、「スポーツブランドのロゴ」

「バンドのロゴにみえる」などと答えていた。コメント欄では外国人とみられる人から「第二次世界大戦の教育をちゃんと受けたのか」との批判も寄せられていた。この動画はエンターテイメントとして作られている側面もあるようで、実際のところ記号の意味を知っている人はもっと多いのではとも考えられる。それでも日本でこれらの問題がヨーロッパほどシビアに捉えられていないというのは事実なのかもしれない。

教科書にもアドルフ・ヒトラーについての記載はあるし、授業で習っていないというわけではない。ただ同じ歴史上の出来事でも、どこに焦点を当ててどの角度からどの範囲まで取り上げるかは、国によって異なる。紀元前から今までの世界中の歴史をたった百数ページの1冊にまとめなくてはならないため、全ての詳細を書き記すことなどできない。

 

アドルフ・ヒトラーに関わる外国でのタブーは「卍」マークだけではない。世界でも大人気の日本アニメ「進撃の巨人」シリーズの「マーレの腕章」のグッズが、ドイツによるユダヤ人迫害を連想させるとして販売を中止することになった。マーレの腕章とは、「エルディア人と他人種を区別するために設けられた腕章」と説明されている。作中に登場するエルディア人は、実際のホロコーストによる迫害を受けたユダヤ人と重なるものがある。ユダヤ人もかつて、他の人種と区別をするために「ダビデの星」をあしらった腕章を付けることが義務付けられていた。

これに対し、「悪意はないのだから仕方ない」と擁護する人もいる。しかし、日本の問題に置き換えて考えてみてほしい。2018年に韓国の7人組男性音楽グループBTS(防弾少年団)のメンバーが原爆投下時のきのこ雲の画像がプリントされたTシャツを着ていたことが日本でも問題となった。たとえ悪意がなかったとしても、原爆の歴史を知っている人、被爆者の苦しみを知っている人からしたら、ひどく不快な気持ちになるだろう。

「進撃の巨人」も「BTS」も全世界に多くのファンがいるからこそ、世間の目は厳しく、幅広く配慮を怠らない作品が求められる。知らなかったでは済まされないこともある。互いの国の歴史を学び、世界のタブーを知る。それが国外に向けて発信するうえでの礼儀であり、敬意となるのではないだろうか。

 

参考記事:

21年11月15日付 朝日新聞デジタル「「進撃の巨人」 マーレの腕章、販売中止に 「ナチス想起」批判で謝罪」

18年11月9日付 朝日新聞デジタル「BTS、Mステ出演見送り 原爆描いたTシャツ着て波紋」

 

16年1月21日付 BBCニュース「お寺の地図記号はナチス連想? 変更案に異論も」