「人気洋菓子店で発覚したのは、従業員たちの100時間を超える時間外労働の常態化でした」
朝のテレビニュースに映し出されたのは深刻な表情を浮かべるアナウンサー。「小山ロール」で知られる人気店「パティシエス コヤマ」の運営会社が、月100時間を超える時間外労働を半数の社員らにさせていたとして労働基準監督署から2度にわたる是正勧告を受けていたことが報じられていました。月の時間外労働100時間は、労災認定基準の「過労死ライン」と呼ばれます。
生クリームが乗ったふわふわの生地を巻き上げる様子。それを買い求める客の大行列。オーナーの小山進氏が世界的なチョコの祭典で「最優秀外国人ショコラティエ」を受賞する姿など、番組ではネガティブな印象とは対照的な、お菓子作りの煌びやかな様子が映し出されました。ナレーションは「小山さんに憧れて地元から就職、自分の店を持ちたいと夢見る従業員も働いていたと言います」。
「労働者のやりがいを利用しての時間外労働で、雇用主が利益を搾取する 『やりがい搾取』では」。専門家の指摘も紹介されました。オーナーの小山氏は次のように謝罪しています。
手作りへのこだわりが評価され、魅力を感じてやる気のある人たちが集まっていた。だからと言って法律に違反していいわけではなく反省している。
これを見て真っ先に思い浮かんだのは、学校教師の時間外労働でした。「人気洋菓子店」だったらこんなにも注目されるのか。労働環境自体は、教員とそんなに変わらないんじゃないか。本気で調べたら、毎日のようにどこかの学校がニュースになるんじゃないか。
2021年7月の朝日新聞では、山口県内の公立小中学校と県立学校で、文科省が定める上限「月45時間」を超えて残業をしている教員が計3352人、うち過労死ラインの100時間を超えた教員は196人いたことがわかった、と報じられました。Twitter「#教師のバトン」でも、毎日のように教員の過酷な仕事の実態が訴えられています。筆者の知り合いの教員は、「クラスの問題、部活動、生徒会、学校行事のための仕事をしていたら、学校で授業の準備をする時間なんかない。家でできる仕事は家でする」とこぼしていました。過労死ラインを超えて働いている教員の数は統計上よりもっと多いことでしょう。
気になる裁判がありました。今年10月1日、さいたま地裁は公立学校教員である原告の残業代と損害賠償の請求を退ける判決を示したのです。「一般労働者とは異なり、児童・生徒への教育的見地から教員の自律的な判断による自主的、自発的な業務への取り組みが期待される職務の特殊性」「夏休みなどの長期の学校休業期間があり(中略)勤務形態の特殊性がある」ので、実労働時間を基準とした厳密な労働管理にはなじまない、としていました。そのうえで、現行制度下では、働いた時間に応じて校長が給与を教員に支給することは不可能である、と結論付けています。
日本の教育現場が「ブラック」からなかなか抜け出せないのは、「教員という仕事の特殊性」があるために仕方がないとされているのも一因かもしれません。「教員は大変」と半ば諦めの気持ちで囁かれるイメージが定着しており、行き過ぎた時間外労働が横行しています。過酷な労働環境でもやりがいを感じ、教育現場に携わる教員が多いのをいいことに、職場の改革をなかなか進められていないのではないでしょうか。
もし私が自由に報道番組を作れるとしたら、常態化した教員の時間外労働について、こんな構成にします。
一生懸命考え、教室で学び合う生徒の姿。いきいきと教壇に立つ教員。これからの日本社会を担う子どもたちの輝かしい未来を語る文部科学大臣。そうした映像を流し、教育という極めて重要な職業についての問題だということを伝えます。
そこで文科相に求めたいコメントは次のようなものでしょうか。
「子どもの成長を間近で見守り、支える、教育という仕事に魅力を感じ、やる気のある人たちが集まっていた。だからといって教員の労働環境、健康を守る義務を放棄して良いわけではなく、深く反省している」
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