民族の深まる溝はどう埋まる?

トルコ留学中のある日。トルコ人の友人ミルザとお昼ご飯を食べていたら、彼の仲良しアフメットも呼ぶことになりました。アフメットは英語が話せなかったので、トルコ語で話をしていました。ミルザが不意に「アフメットは、英語は苦手だけどクルド語が話せるんだ」と明るく話しました。しかし一瞬間をおき、「でも、アフメットはとてもいいヤツで僕は彼のことが大好きさ!」。そう付け加えました。

 

最初、なぜそう言ったのか分かりませんでした。

―クルド語が話せるということは、アフメットはクルド人。

後から気づきました。親友でありながらも、ミルザがアフメットに微妙な気遣いをしていることに、クルド問題の精神的な根深さを感じ、その場面は今でもはっきり覚えています。

 

25日、東京都渋谷区のトルコ大使館前で、トルコ人同士が乱闘する騒ぎがありました。政権と対立を深めている少数民族のクルド系を含め、午前11時ごろには最大で約600人が集まり、数十人が衝突。トルコ人1人が鼻の骨を折り、警察官2人を含む計9人がけがをしました。彼らは11月1日に予定されているトルコ総選挙の在外投票に訪れていました。クルド系トルコ人とみられる男性が反政府武装組織「クルド労働者党(PKK)」の旗を掲げたことが、乱闘騒ぎの引き金との情報もあるようです。今月10日、首都アンカラで起きた連続爆破テロは記憶に新しいと思います。国内のトルコ系とクルド系の溝は深まるばかりで、治安の悪化が懸念されています。今回の乱闘騒ぎは、まさに母国の情勢を映し出していると言えるでしょう。

 

クルド民族はクルド語を母語とし、独自の文化を持っています。トルコ国内のクルド系住民は全人口の15%ほどの少数民族で、2012年半ばまでは民族の言語の教育を禁じられるなど、長年差別を受けてきました。今に始まった対立ではありません。1984年、PKKが分離独立を求めて武装闘争を開始。トルコ軍や巻き添えの市民を含め、死者は3万7000人にのぼったと言われています。両者の対立をめぐり多くの命が犠牲になりました。

 

両者の対立は今もなお続いていますが、一部では平和が保たれていることも事実です。クルド人も多く住むといわれている南東部の町ガジアンテップを訪れたとき、あるトルコ人男性が語ってくれました。「暴徒化するクルド人もいるが、だからと言ってクルド人すべてを悪くみるのはおかしい。民族で捉えるのではなく一人ひとりを見るべき」。そう考える人が増えれば、対立は改善されるのではないでしょうか。難しい問題ですが、解決の糸口はそうした一人ひとりの意識が変わることにあるように思います。

 

参考記事:

26日付 朝日新聞朝刊(大阪14版)2面(総合2)「トルコ人原宿で乱闘 大使館で再選挙在外投票」

同日付 読売新聞朝刊(大阪14版)2面(総合),36面(社会)「トルコ系クルド系が対立 大使館前乱闘 総選挙控え治安悪化」

同日付 日本経済新聞朝刊(大阪14版)39面(社会)「トルコ大使館前で乱闘 東京、9人けが クルド系ら対立」