街の本屋が閉店したという声が各地で上がるなか、「糸島の顔が見える本屋さん(通称糸かお)」が9月4日にオープンしました。昨年5月1日時点で書店数は1万1024店。2000年から約1万軒も減少しています。その中での挑戦です。
お店を立ち上げたのは、4年前に糸島に移住してきた大堂良太さんと昨年移住してきた中村真紀さん。大堂さんは糸島に移住後、学生向けの寮を始めています。中村さんは糸島が大好きで5年ほど通い詰めたのち、ついに1年前に糸島に移住してきました。
顔が見える本屋さんは、福岡県糸島市のJR筑前前原駅から徒歩5分に位置する商店街の築60年の空き店舗を、お二人や友人たちで改装して出来上がりました。
中村さんには「本屋が減る危機感」と「糸島にコミュニティの場を持ちたい」という思いがありました。子どものころから本好きだけに、「本屋さんは夢が広がる世界」だったと言います。小さいころにおじいちゃんと一緒に本屋に行き、「好きな本を買っていいよ、と言われて、本当にワクワクした」と楽しそうに語ってくれました。大堂さんは「面白そう」「もとから本屋さんをやってみたかったけど一人で始めるのは…」と、思っていたそうです。中村さんの思いに共鳴し、一緒に立ち上げを決意しました。
「糸かお」はただの本屋ではありません。ホームページで見つけた東京・吉祥寺駅のブックマンションを参考に、それぞれ所有権を持つオーナーさんに本棚スペースを使ってもらいます。約30センチ四方の本棚が100個ほど壁沿いに並び、オーナーが好きな本、お客さんに読んでもらいたい本を並べられます。「本に限らず、本に関連するものだったらなんでも」と話す大堂さん。自分の本棚は自由に飾ることができます。季節に合わせたハロウィンの折り紙、自分で作ったミニ新聞、工夫を凝らしたポップを設置している人もいます。
本棚オーナーさんは糸島に在住の方はもちろん、九州大学の学生や近隣の福岡市の住民、東京の方まで様々です。オーナーを募集した当初は大堂さんや中村さんの知り合いが多かったそうですが、次第にSNSを通して「本棚を持ちたい」とメッセージを送ってくる志望者が増えたそうです。開店前の9月2日にお店を訪れた際には3歳の子どもをつれた若い女性がお店をのぞいていました。「いつも幼稚園に行く道に本屋ができるって聞いてびっくりしました」「いずれは本棚を持ちたいです」と話してくれました。
並んでいる本は本棚によってバラバラ。いつかは絵本屋さんをしてみたかったという主婦は、大好きな絵本をぎっしりと詰めています。好きな国の本を並べる人、自分の著作を並べる人、小説やミステリーが多い人など、こんなに人によってジャンルが違うのか…と驚くばかりです。
24日に訪れると、本棚オーナーの大澤寅雄さんが店番をしていました。近隣に住むオーナーが交代で店番を担当することになっています。大澤さんも糸島に移り住んだ一人です。移住者つながりで大堂さんや中村さんと知り合い、「本屋を始めるならぜひオーナーに」と棚を持つことにしたそうです。芸術や文化に興味を持ち、糸島半島の二丈地区で2年に一度開催される国際芸術祭「糸島芸農」にも関わってきた大澤さんの棚には、芸術関連の本はもちろん自身も執筆したという本も置かれていました。
「初めての店番であたふたしました。」と話す大澤さん。お客さんは30人ぐらい。「12時の開店前からお店の前に人が並んでいた。店番をしているといろいろな方から話しかけられる」と楽しそう。本棚を眺めながら、「いろいろな人がいるんだなって思う」「共通しているのはみんな糸島が好きだということ」と、オーナーの共通点も話してくれました。
大堂さんと中村さんの目標は「本を通じて、その人がどんな人かを知ってもらい、オーナーとお客さんがつながること」。今回、大澤さんとお話することで、本を置いた背景や共有したい思いを感じることができました。店番は毎日変わるため、いつ行っても違う雰囲気を味わえて飽きません。本にまつわるイベントや、オーナーによるワークショップも計画しています。
大型の書店では在庫の確認や、レジでの些細なやりとりの会話のみ。最近はやりの電子書籍では読み手同士が感想を共有できる仕組みこそありますが、対面でないため会話に深みが出ません。一方、こちらは店番をするオーナーの方との会話が自然と生まれる温かみがあります。中村さんが目指していた「コミュニティ」がもうすでに生まれていました。
コロナ禍で人とのコミュニケーションが自然と減った現在、新たな形での「会話」が生まれる本屋さんは今後も増えてほしいものです。
参考資料:
2018年6月24日 毎日新聞社説「止まらない書店数の減少 このままでは寂しすぎる」
2021年9月13日 西日本新聞「糸島に“ブックマンション” 本棚100枠をオーナーが分割運営」