アール・ブリュットを知ったのは、東京都立川市の商業施設でした。そこにある洋風の公衆電話の中は、互いに持ち寄った本やチラシを自由にシェアできるミニ図書館になっています。そこでたまたま見つけたのがアール・ブリュットに属する作家、玉川宗則さんの名刺でした。
そもそもアール・ブリュットとは、専門的な美術教育を受けていない人の内から溢れる衝動を、独自の表現で作り上げたアートのことです。フランスの芸術家ジャン・デュビュッフェが提唱しました。海外では受刑者や精神病患の患者が生み出したアートを指すこともありますが、日本では主に障がい者による作品を指します。
「玉川さんの作品を実際に見たい。アール・ブリュットを詳しく知りたい」という思いからJギャラリー&カフェ(北区滝野川)を訪れました。自閉症や知的障がいのある人の作品を展示・販売する画廊で、オーナーの竹居正武さん、美佳さんご夫妻が5年半前から始めました。自閉症の息子さんと同じ状況下にある人のため何かできないか。現実には障がい者は単純作業ばかり任せられるケースが多く、より伸び伸びと活動できるものは何かと悩み抜き、辿り着いたのが彼らの生み出す自由な芸術でした。
彼らにとってアートは、自分の内にあるモヤモヤを解消するための手段、そして周囲との心の接点をつくるツールでもあります。それを通して、作家とお客さんの間にコミュニケーションが生まれる。販売すれば何かしらの形で障がい者のためのお金が生まれる。竹居さんご夫婦が目指す将来像です。
ギャラリーを見渡すと、誰にも真似できないものだらけ。ボールペン、クレヨン、油性ペン。その筆先から描き出される線は緻密だったり、大胆だったり。墨汁だけで描いたものもあれば、奇抜な色使いのものも。作者の思いがそのままキャンパスに描き出されているかのようです。
それら全ては、竹居さんご夫妻が全国の福祉施設に直接赴いて購入します。彼らが作品作りに取り組む姿にはいつも驚かされるそうです。下書きをせずに立体を描き出す人もいれば、白いキャンパスに白い絵の具を選ぶ人もいる。
「自分が表現したい世界を持っていて、全て良い」と美佳さんは言います。
1枚の名刺との出会いが、筆者をアール・ブリュットの世界へと導いてくれました。ずっと見たかった玉川さんの絵画はもちろん、画廊に飾られている作品全てに惹きつけられました。その魅力は「分からないことだらけ」にあります。「この線はどういう意味があるのか。この余白は何を表現しているのか」など書いた本人にしか分かりません。だからこそ見れば見るだけ想像が膨らみ、いつまでも目を離せないのです。そして何より飾らない等身大のアートが、純粋に見る側を楽しませてくれます。
「毎日見ても全く飽きない。アール・ブリュットにはすごい力がある」と正武さんは笑います。
筆者もこの世界に一歩踏み込んだようです。
参考記事:
23日付朝日新聞朝刊(13版)25面「枠にとらわれず多様な表現」
参考:
3つの作品を紹介しましたが、どれを載せるか非常に迷いました。他の作品はぜひギャラリーにて。