看護学生の不安 実習はオンライン化

収束するどころか、感染拡大が一向に止まらないコロナ禍。全国の病院は医療崩壊の危機に直面しています。コロナ患者専用の病床数が足りないだけでなく、医療従事者の過労や人手不足の問題も浮上。そうしたなか、将来の医療従事者を育成する看護学校の現状はほとんど報じられていません。教育の現場に皺寄せは来ているのでしょうか。聖路加国際大学に通う2年生のAさんと3年生のBさんに現状を聞きました。

聖路加大は、都内トップクラスの医療を提供する聖路加国際病院附属の看護単科大学です。故日野原重明医師が学長と院長を兼任していました。学生数は約500人となっています。カリキュラムは表の通り。2年生は「看護実践(演習)」が、3年生は「臨地実習」が専門的なスキルを身につけるうえで要の科目です。

大学の公式ウェブサイトより

まず、Aさんに学習状況について聞くと、意外にも「大きな問題は生じていない」とのこと。今年度は8月上旬まで全面的にオンライン授業だったものの、9月中旬から対面方式が一部再開されたそうです。本来、「看護実践」では、ベッドメイキングなどの環境整備や全身清拭などの清潔介助、車椅子移乗、ベッド上の体位変換などを、生身の人間で練習。加えて、人体模型を使って、静脈注射や筋肉注射、皮下注射、陰部洗浄を学ぶはずでした。

大半はバーチャルシュミレーション教材「vSim for Nursing」に変更され、画面上のオンライン患者から対応方法を学んでいます。学習ゲームを進めるような感覚で取り組むことができ、教材は学びやすいとのこと。服装や髪型、髪色のルールがなく、実習服を着て臨む必要もないので、気楽に受けられたと話していました。進度の遅れは、春休みの補講で取り戻します。

3年生のBさんの場合、「臨地実習」が最重要の科目。病院や保健所など医療の現場に足を運んで、看護計画を立て、患者を相手に様々な医療行為を練習する予定でした。教員や看護師の指導を受けながら、患者の清拭を行ったり、歩行練習を支えたり。これらの実習は9割がオンライン方式になってしまいました。「座学を通じて知識を得ることは出来るが、看護の課程で重要なのは、対面実習を通じた経験。病棟に赴いて、患者さんと直接対話をすることが叶わず残念」。病気の症状や怪我の回復状況を遠隔で聞くだけでは、イメージ出来ることに限界があったようです。

病院は大変な状況になっていますが、大学の授業に目立った皺寄せは来ていないとのことです。先生が病院の業務に回って、休講になるようなことはありませんでした。ただ、政府の要請を受けて、看護師資格を持つ院生の医療現場への派遣が始まります。聖路加大では1割ほどの学生が大学院に進んでいますが、Aさんは院生たちが全員喜んで現場に行っているのか疑問だと言います。「修士課程に進むのは、専門的な知識を深め、高度な研究に励むことが目的。それを途中で投げ出して現場に派遣されるのは、自分だったら嫌かも」

当然ながら、学外のインターンシップも参加出来ません。Bさんは3〜4ヶ所行きたかったと話しますが、どこも中止に。あるのはオンライン説明会のみです。「病院のウェブサイトに掲載されているような表面的な情報ではなく、現場の『空気感』を肌で感じたかったのだが」「大学の実習が不十分だっただけに、インターンシップでは、関心領域への知識や経験を深めてみたかった」

先行きも不透明です。看護師の需要は大幅に上がっていると思いきや、新卒採用状況は必ずしも良好ではありません。学部課程を修了後、約6割が聖路加病院で、約3割が地元の病院などに就職するのですが、地方では、採用数が激減している病院もあるとの噂が流れているそうです。ベテランがコロナ患者の対応に忙殺され、新人を育成する余裕がないのです。また、今後数年間のうちに卒業する新卒看護師らは、実習の大半がオンラインとなるため、経験が例年より浅くなります。コロナ世代を受け入れ過ぎると足手まといになる恐れがあり、指導する側も大変になるだろうと、Bさんは予測していました。

コロナ禍を受けて、看護師志望の気持ちに変化があったか聞くと、Aさんは「少し怖くなった」。ただ、勤務中にコロナに感染するリスクよりも、労働環境や待遇の方が心配だと話します。

「看護は心身共に摩耗する重労働なのに、給料が見合っておらず、コロナ禍で離職率が上がっている。やりがいのある仕事だが、やりがいだけではやっていけない」。Bさんは、自身の意志に揺らぎはありません。しかし、病院で働く先輩看護師の立ち話に耳を傾けていると、「自分たちは一生懸命働いているのに、それを台無しにするような、感染リスクの高い行動を取る人が多くて、やるせない気持ちになる」というのを聞いたそうです。

今のところ、病院の環境悪化は、大学に直接の影響は及ぼしていません。しかし、病院の状況を目の前で見ている学生らは、正直、将来が不安でしょう。演習と実習がオンライン化してしまっている分、経験不足は仕方ないと思います。どうしようもありません。しかし、自信と意欲だけでも強く持ってもらうためには、病院の状況や医療従事者の待遇を改善する必要があるのではないでしょうか。超高齢化が進む日本社会の将来を担う人材です。もっと注目されるべきです。

 

参考記事:

朝日新聞、日経新聞、読売新聞 教育分野の記事など

 

参考ウェブサイト:

聖路加国際大学 看護学部 カリキュラム
https://university.luke.ac.jp/college_of_nursing/curriculum/curriculum.html

聖路加国際病院と大学