夏が始まってから、秋が深まるまでの数ヶ月間。
毎年この季節になると盛り上がるのが、各大学のミス・ミスターコンテストだ。ファイナリストらはSNSや動画配信などを使って自己アピールに努め、投票を呼びかけてグランプリを目指す。
賛否両論あるこのコンテストだが、どうやら今年は様子が違うようだ。容姿至上主義への批判や、多様なジェンダーのあり方に関する議論の高まりを受け、各大学が新たなコンテストの姿を模索している。
例えば、今年の慶応義塾大学SFCキャンパスのミスターコンテストには、初めて女性がファイナリストとして出場している。自身のツイッターには「今の一瞬ではない、一生をかけた私だけのかっこよさを見せたい」という力強いメッセージがある。これまで語られてきた「女性らしさ」「男性らしさ」に縛られない姿勢は、多くの人に勇気を与えるだろう。
女性であればミスコン、男性であればミスターコンに出場するという約束事を、これまで誰もが疑ってこなかった。その大前提を覆して自分なりの魅力を発信する姿勢は、「かっこよさに正解はない」というごく当たり前であるはずのことを改めて気づかせてくれる。
さらに上智大学では、今年から「ミス」「ミスター」を廃止し、性別・国籍を問わないソフィアンズコンテスト2020を新たに始めた。昨年までは外見だけだった選考基準を、今年からは考え方や内面、そして社会や環境問題についての発信力などへと広げた。ファイナリストには男性2人、女性4人が選ばれている。
従来のミス・ミスターコンは、性差別や外見差別を助長しているという批判が多かった。大学は男女共同参画を掲げる組織であるからこそ、ミス・ミスターコンも「多様性重視」という理念に即した内容に変わりつつあるのだ。
もちろん、これまでのコンテストを一概に否定しているわけではない。毎年行われるミス・ミスターコンをきっかけに芸能界に入る人もいるし、出場者の努力の成果を試す場としては他分野の大会とそう変わらないのかもしれない。しかし、過度な容姿至上主義の風潮がミスコン批判を生み出す要因になっていたのも事実である。
その人が持つ魅力は、外見だけで決められるものではない。一つの要素であったとしても、それだけが選考基準というのはダイバーシティを重んじる流れに反している。従来の考え方を問い直す動きが各大学で出てきただけでも大きな進歩であり、私も応援したい。
参考記事:
26日付 朝日新聞夕刊(東京4版)1面 「ミスコン、あり方考える 『多様性に反する』批判受け」