機械翻訳サービスに見る スイスと日本の言語文化

「言葉は文化を映す鏡」と言われます。例えば、北米の先住民エスキモーの言葉は雪や雹、霰などを意味する語彙を豊富に持つのに対し、雪が降らないアフリカの諸言語では表現の種類がかなり限られます。話者が住む地域の文化に基づいて、言葉はユニークな特徴を持つようになっていくものです。

同様に、文化が異なれば、近年使われることが多くなった翻訳アプリも異なるようです。読売新聞の「Digi Life」欄では、スイスの方言翻訳アプリが紹介されていました。スイスではドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つの公用語に加えて、様々なドイツ語方言が話されています。非常に複雑な言語状況です。

それを踏まえて開発されたのが「Dialäkt Äpp(ディアラクトアップ)」です。単語を選択すると、各地の方言の発音が流れ、その場所が地図上に示されます。地域を先に選択して、その土地で使われている単語を発音とともに学ぶことも出来ます。実際に使ってみたところ、「Apfelüberrest」(リンゴの芯の意)という1単語に39通りもの方言の発音が収録されており、スイスが多言語国家であることを実感しました。

では、日本にはどのような機械翻訳サービスがあるのでしょうか。日本企業が開発したものを挙げると、Weblio翻訳、エキサイト翻訳、みらい翻訳などが有名です。ここでは、情報通信研究機構(NICT)が開発した多言語音声翻訳アプリ「VoiceTra(ボイストラ)」を取り上げたいと思います。

VoiceTraは音声認識、多言語翻訳、音声合成の3機能を併せ持つスマホアプリです。端末に話しかけると、予め登録した別の言語に訳されて、その発音が流れる仕組みです。VoiceTraには、日本人が開発したアプリならではの三つの特徴があります。

まず、アジアの言語を重点的に取り入れています。日本に旅行したり、出稼ぎに来たりする人が多いためです。対応する31言語のうち18がアジアの言語です。ラオスのラオ語、スリランカのシンハラ語、カンボジアのクメール語なども含まれます。東南アジアの言語を専攻する同級生たちに試してもらったところ、マイナーな言語でも翻訳の精度が高かった、と一様に高い評価を得ました。

二つ目に、観光や医療、防災などの分野の語彙が豊富なことです。日本人と外国人の間で意思疎通の必要性が生じやすい場面を想定しており、実用性の高いつくりになっています。全国の駅名や、旅行会話で使われる表現、医療関係の専門用語、地震用語などが網羅されています。Google翻訳で無茶苦茶に翻訳されてしまいがちな固有名詞も、変に置き換えられることが少なく、自然な会話文に訳されます。

三つ目に、別の言語に翻訳した後、再度元の言語に翻訳した結果も表示されます。文章の正誤をすぐに確認できます。心配性の私たちにとって安心の機能です。

国産の音声翻訳アプリ「VoiceTra」は知名度こそ低いものの、Google翻訳にも比肩する確かな精度と、日本人と外国人が会話する際に使いやすくなる機能を多く備えています。特に、防災分野の語彙が豊富なことは、日本らしさの表れだと思います。

機械翻訳はGoogleだけではありません。地域によって様々な特長を持ったアプリがあります。場所や場面に応じて使い分けることで、より楽しいコミュニケーションが実現できるようになるでしょう。

 

参考記事:

5日付 読売新聞朝刊(大阪13版)14面「多言語国家スイス 翻訳アプリ充実」

 

参考資料:

情報通信研究機構「VoiceTraサポートページ」

https://voicetra.nict.go.jp/index.html