ポジティブな「美談」で思考停止に

 「物流の人たちに感謝しようという声もあって、ありがたいし励みになる。でも、いま現場で働くことを『美談』で終わらせないでほしい」

昨日の朝日新聞で、宅配便会社のパートの女性の切実な訴えを目にしました。巣ごもり需要により宅配は急増しており、配達の遅延や一部サービスの停止が起きてしまうほど。いま物流業界はギリギリだといいます。女性は配達先で傷つくこともあり、

「配達員は汚いので、宅配ボックスを設置したいから補助金が出ないかと区役所に相談したの」

と言われたことも。そんな神経をすり減らすような状況下でも、生活のために休むことができないそうです。

 

私は新型コロナウイルスの影響で図書館が使えなくなり、授業で使う教科書や以前から読みたいと思っていた本をフリマアプリで手に入れていました。ポチポチとスマホの「購入」ボタンを押しては、「家にいながら欲しいものが安価で手に入れられる、便利な時代でよかったなあ」「物流業界は今忙しく頑張ってくださっている、ありがたいなあ」と思っていました。私が都合よく想像した「美談」には、感染リスクや膨大な仕事量に苦しみ、辛い毎日を送る配達員の姿はありませんでした。

鬱々とした話題が飛び交うからこそ、ポジティブな話題を聞いたとき、それを打ち消すような批判的な見方は控えるようになっている気がします。「大学が学生に緊急支援金」といえば聞こえはいいけれど、日本の大学の学費が高すぎる、という政府に改善を求めるべき本当の問題がかすんでいないかと、友人が指摘していました。「家にいよう」「おうち時間」と呼び掛けられる陰には、虐待やDVに苦しむ人がいます。

前回のあらたにすでは他人の事情に思いを致すことを訴えましたが、それによく似た「寛容さを持つ」ことは、問題の所在をうやむやにしかねません。先日のあらたにすの執筆者による反省会では「コロナ禍だから仕方ないと間違いを指摘しないのもまた違う」という指摘もありました。

ポジティブに発信されるニュースや考えを受け取ったとき、それ以上の想像をせず思考停止しがちだということを自覚することが大事だと思います。賞賛される行動の陰には、我慢を強いられる弱者がいるかもしれない。その視点を忘れずにいたいものです。

 

参考記事:

10日付 朝日新聞朝刊(愛知13版)4面(総合企画)「休めない 誰かの暮らし守るため」

参考資料:

東洋経済オンライン「宅配の急増と感染リスクで物流はギリギリ」2020年5月10日

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200510-00348991-toyo-bus_all