韓国映画「パラサイト 半地下の家族(原題:기생충〈寄生虫〉)」が米アカデミー賞で4冠を達成してから一週間が経つ。興行通信社が発表したこの週末(15、16日)の全国映画動員ランキングでは、公開6週目にして初めて1位を記録した。韓国映画が1位になるのは、「私の頭の中の消しゴム」以来15年ぶりのこと。筆者も既に2回鑑賞した。人気はとどまることを知らない。影響は各方面に波及している。
日曜日に新大久保へ出かけると、韓国食品を扱うスーパーでは、劇中に登場する「ジャパグリ(짜파구리)」が店頭に出ていた。ジャパグリとは、韓国で人気の即席麺「ジャパゲティ(짜파게티)」と「ノグリ(너구리)」を鍋で混ぜ合わせたもの(日本で言えば「サッポロ一番」と「チキンラーメン」を混ぜるような感じだろうか)。2009年にネットユーザーがユニークな調理法として紹介し、13年に韓国MBC放送のバラエティ番組「아빠 어디가(アッパ オディガ…パパ、どこ行くの)」で同局アナウンサーのキム・ソンジュが紹介したことで有名になった。
両製品は、大手食品会社の「農心(농심)」の商品だ。同社は世界的ブランドになった「辛ラーメン」でも名を馳せている。韓国聯合ニュースによると、大手コンビニチェーン「GS25」ではアカデミー賞受賞直後の10日、11日でノグリとジャパゲティの売り上げが前年同期比で62%も増加した。コロナウイルスによって内需景気が低迷する中、食品・流通業界では歓喜の声が上がっている。
一方、人気に便乗しようとする動きが国内外で広がる。チリのワイン会社「ビニャ・モランデ」は、自社製品が劇中に3秒登場したことを受けてTwitter上に「数秒間登場させてくれたポン・ジュノ監督に感謝の意を伝える」と投稿したところ「ワインが受賞に貢献したのか」とチリのネットユーザーから批判を浴びた。これに対して韓国のネットユーザーからは「韓国の宴会の膳は賑やかに並べられる。これくらいのスプーンは載せてもいい」との反応が。
「スプーンを載せる(숟가락만 얹히다)」 とは韓国の慣用句で「料理を作ることには全く参加せず、用意された食事を食べるずるい行為」を指す。つまり便乗する者を批判する言葉である。
政界ではスプーンを載せる動きが顕著に出ているようだ。4月に総選挙を控えている韓国では、パラサイトの映画宣伝用ポスターを真似た選挙ポスターを出す候補者も。また、ポン・ジュノ監督の故郷・大邱では、最大野党である自由韓国党の候補者が映画館や博物館を作る公約を打ち出した。これに対して韓国のニュース専門チャンネルYTNは「猫も杓子も『寄生虫マーケティング』」と報じ、「映画の主題である所得不平等と貧富の格差に対する政界の立場と政策代案は見当たらない」と批判した。
行政の動きにも批判が出ている。ソウル市とソウル観光財団はアカデミー賞受賞直後の13日、パラサイトの主要撮影地4カ所を巡る観光コースの策定を決めた。だが、こうした観光地化の動きを「映画のメッセージを隠した『貧困ポルノ』ではないか」との声も上がっている。ハンギョレ新聞は14日の報道で、映画に登場するような「半地下住宅」に実際に住んでいた市民の声を乗せている。この市民はソウル市の動きについて「誰かには振り返りたくない貧乏の記憶が、誰かには商品になる。 地方自治体が乗り出して商品化するのは理解できない 」と苦言を呈した。また、ある韓国のネットユーザーは「誰かにはあそこで暮らす人生が本当だろうが、誰かには展示対象にしか見えないのが悲しい」と呟いた。韓国中道左派政党の正義党は12日の声明で「撮影地を観光コースで開発するというのは貧しさの風景を商品化して展示のネタにしとする、それ以上も以下でもない」と批判の姿勢を明らかにした。ただ、批判とは別に「一般的なマーケティングだ」との声も出ている。
人気にあやかってマーケティングを図るのは、世の中の常かもしれない。ただ、一歩立ち止まって考える必要もある。「パラサイト」という映画は、私たちに何を伝えようとしていたのか。貧富の差に学歴社会。日本も対岸の火事ではないはずだ。私たちがスプーンを載せるだけでは、不都合な真実は変わり得ない。
参考記事:
17日付読売新聞朝刊(東京12版)28面全面広告「パラサイト 半地下の家族」
14日付朝日新聞夕刊(東京3版)10面「パラサイト『聖地』も熱い」
11日付読売新聞朝刊(東京13版S)28面「『パラサイト』作品賞受賞」
同日付朝日新聞朝刊(東京14版)1面「アカデミー作品賞 初の外国語映画」他関連記事
10日付朝日新聞夕刊(東京3版)1面「半地下潜む格差」
参考資料:
17日付YTN「’기생충’, 日 박스오피스 1위…韓 영화 15년만 (「寄生虫」日本ボックスオフィス1位…韓国映画15年ぶり」
同日付シネマトゥデイ「『パラサイト』が公開6週目で1位に!『1917』は2位」
16日付YTN「영화는 보고 숟가락 얹나?”…너도나도 ‘기생충 마케팅'(映画を見てスプーンを載せるの?…猫も杓子も『寄生虫マーケティング』)」
15日付中央日報電子版「’기생충’ 3초 등장···숟가락 얹으려던 칠레와인 조롱 쏟아졌다(「寄生虫」3秒登場…便乗したチリワイン 嘲弄殺到した)」
14日付ハンギョレ新聞電子版「지자체 〈기생충〉 관광코스 개발이 부른 “가난 포르노” 논란(自治体〈寄生虫〉観光コース開発がもたらした”貧乏ポルノ”論争)」
13日付聯合ニュース「’기생충 열풍’ 올라탄 짜파구리…식품·유통업계 반색(「寄生虫ブーム」に乗り込んだジャパグリ…食品、流通業界に歓迎)
11日付江原日報電子版「기생충 속 ‘짜파구리’도 세계 시장에 나간다(寄生虫の中の「ジャパグリ」も世界市場に出た)」