産めよ増やせよ さもなくば?

 

20歳を過ぎると同級生から「結婚」の吉報が届くこともしばしば。
久々に会った友人が婚約指輪を付けていた、ということもありました。
翻って自身を顧みると、しばらくは縁がなさそうです。

そもそも結婚願望がありません。
「何歳までに結婚したい…」といった希望もありません。
願わくば、一人で気ままに暮らしたい。
社会人になっても誰にも干渉されない単身生活を送りたい。

それが私の本心です。
ところが、そんな考え方は昨今の日本では迷惑な生き方のようです。

自民党の加藤寛治衆院議員は5月10日、所属する細田派の定例会で

「結婚しなければ子どもが産まれない。人様の子どもの税金で老人ホームに行くことになる」

と、未婚で子どものいない人に対して否定的とも受け取れる発言をしました。
さらに

「必ず新郎新婦に3人以上の子どもを産み育てていただきたいとお願いする。いくら努力しても子どもに恵まれない方々がおり、そういう方々のために3人以上が必要だ」
とも。

加藤議員はのちに「決して女性蔑視の思いはない」と陳謝しました。
しかしながら、不快感を抱いた国民が多くいたことは否めません。

さて、どうしたものか。
私はこのまま配偶者を見つけず、のんべんだらりと生きていけば、
ひと様の子ども達が納める税金のお世話にもなって老人ホームに行くことになります。
仮に結婚しても、子どもを3人以上もうけなければ、お国のためにはならないようです。

自民党の二階俊博幹事長は先月26日、都内の講演で「皆が幸せになるためには子どもをたくさん産んで、国も栄えていく」と、子どもを多く生むことを良しとする発言をしています。
産めよ増やせよ、ということでしょうか。

待機児童問題や育児休暇制度の未発達が取り沙汰される中、ゆとりのある子育てが日本でできるのか、いささか不安を感じます。

少子高齢化社会と言われて久しい日本。
理屈ではわかります。子どもが増えればあらゆる担い手が補える。
日本を取り巻く諸問題が快方に向かっていく…。

だとすれば、子どもを産めない・産まない・産もうとしない人たちは不必要な存在なのでしょうか。
中には結婚や出産に努力した結果として、単身の「いま」を受け入れた人もいるでしょう。
それさえも否定して、多産の時代を求めていくことに疑問を覚えます。

国立社会保障・人口問題研究所によると、未婚や離別によって「配偶者なし」となる人は2040年に2人に1人となるそうです。

 

参考記事:
4日付朝日新聞朝刊(東京12版)25面 家族って単身社会編2「厳しい視線・・・女性のため息」
6月26日付朝日新聞デジタル「『子ども産まない方が幸せ、勝手なこと』自民・二階氏」
5月11日付同「『女性蔑視の思いない」 自民・加藤寛治氏が発言撤回」

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