2009年07月25日
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Q 「ゴルバチョフ名簿」を厚生省が翻訳し公表したカタカナの名簿に加え、民間団体や個人の記録も集め、重複の解消と漢字表記への変換をしながら作業を進めたということですが、カタカナ人名を漢字に直す作業をどうこなしたのですか。
私が記した名前はあくまで「推定氏名」であって、絶対に間違いがないとは言い切れません。「ムラヤマ ツネオ」なら比較的分かりやすいが、「モロヤマ ツネオ」になっているものもあります。このぐらいならまだましなほうで、頭を抱えてしまうようなカタカナ名も多数ありました。たとえば、「コ(コウ)チ・クメキチ」「コチ・カショニチ」と「ヤムモト・ショ(セ)ガガモ」「ヤリルノト・ゲガガモ」とあります。それぞれ別人の4人とも受け取れますが、実際は2人で、漢字名「幸地亀吉」「山本繁春」の両氏のことでした。
こうしたカタカナ名がいたるところで重複していたので、整理するのには大変苦労しました。膨大な時間と労力も費やしました。しかも、それを漢字に当てはめる作業となると気が遠くなったほどです。「推定氏名」とはいえ、なんとか漢字名まで辿りつくことができたのは、わたしが抑留体験者だったからだと思います。「ヒシダ(菱田)」と「キシダ(岸田)」、さらには「イシダ(石田)」と「ヨシダ(吉田)」などの間違いやすい呼び方でも、わたしはロシア人の発音の癖が分かっていましたので、別人か、同一人物かをなんとか見分けることができました。抑留体験を踏んで漢字化の作業を行うのと、そうでない場合とでは、作業過程に大きな開きが出ると思います。
それでも、入力した5万3000人のうち漢字化できたのは70%の約3万7000人です。このうちおよそ3万人分は厚労省から受け取った名簿です。当初、厚労省は漢字氏名を含む個人情報の提供はプライバシー保護の観点からと閲覧を拒んできましたが、2000年6月に直接担当課長に面談して心情を訴えたところ、「できるだけの協力をする」と回答を得ることができました。それから待つこと5か月。約3万人分の漢字氏名がフロッピーディスクによってもたらされたんです。印刷物でなくフロッピーディスクに収められた電子情報でしたから、改めてキーボード入力の必要はなく、作業は予想以上にはかどりました。
Q 厚労省からのもの以外の、手持ちの資料はどうやって集めたのですか。
私自身が現地で確かめたものや、新聞報道などで登場した名前、さらには抑留体験者の「ヤゴダ会」(野いちごの会)からいただいた資料もあります。「ヤゴタ会」はロシア・チタ州・ブカチャーチャ地区抑留体験者の会で、抑留者は満州国軍の軍隊の学校の生徒です。まとまって抑留され、最初の抑留地からほとんど動かなかった。もちろん、抑留中に亡くなった人もたくさんいましたが、生還した人たちで帰国後、すぐに「ヤゴタ会」をつくったんです。陸軍士官学校に行けるような優秀な人が多く、なかには旧厚生省に就職した人もいたらしいです。結束が強く自分たちだけで「死亡者名簿」を作っていて、その名簿は非常に正確なものです。その「ヤゴタ会」から1476人分の漢字表記の氏名提供を受けました。一方、私自身は新聞に投稿して「名簿」の協力要請を呼び掛け、抑留者の遺族8人の方から約300人分の名前を寄せてもらいました。それと、わたしがシベリアの墓地まで出掛けていって筆写した520人とあわせ、合計およそ6250人分を集めることができたんです。この入力作業には4か月を要しました。
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